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前準備





 上空を飛び去る鳥型のエネミーに運よく1発で命中し、落下ダメージで倒すというミラクルを起こした上に、毒草以外の素材を順調に見つけることができたため、さっそく俺は矢を作った。レシピ通りに作った矢は、店売りの木の矢とあまり変わらない攻撃力だ。しかしこれで手持ちの金を気にせず安定的に矢が使えるようになった。

 薬草も採取し、後は毒草を見つけるだけなのだが、これが全く見つからない。≪鑑定≫によって薬草やその他のいくつかの草木の名前が分かるものの、それが何の効果があるのかはさっぱりわからないようだ。また、採取できそうな草木、果実他いろいろと目に付くのにもかかわらず、名前が分からないものもある。【調合】のレベルが足りないのかもしれない。

 ひとまず名前が分かる、毒を持ってそうなものを採取する。暗闇草とトトモモドキだ。特にトトモモドキはあからさまに毒々しい紫色の梅のような実で、蔦に生っていた。


 ≪鑑定≫では効果が分からない。悲しいことに、薬草と違ってタップしてポップアップウィンドウを開いても白紙である。まだこの植物についての知識がないからだろう。だから俺が身をもって効果を体感するしかない。一度使うことで効果も、レシピも表示される形ならいいんだけどな。【初心者木工】のレシピを見るに、基本のレシピだけは最初から表示してくれて、さらに作ったアイテムのレシピがだんだん登録されていくみたいだし、レシピの取得に関して≪鑑定≫はあまり期待できない。期待できるとしたら≪鑑定≫結果の上書きぐらいだ。とりあえず何があってもいいようにポーションを作ろうと小川の傍へ移動する。初心者用体力回復薬をいくつか作ってから、意を決して、トトモモドキに齧りついた。


「まずっ!」

 酸っぱいような苦いような明らかにやばい味がした。舌をしびれさせた実をすぐさま吐き出したが、視界の端がぼんやり明滅し、毒ダメージの発生を知らせる。

 5秒にHPが3ほど削れていくため、見る見るうちに体力が下がる。急いで初心者用体力回復薬を飲み、一定の量の体力が削られる度に回復することで、解毒剤なしでも体力を維持する。

 1つ目で当たってよかった。これをそのまま矢に塗ればもう毒矢が完成しそうだが、どうせなら生産職の薬師見習いとして毒薬を完成させたいものだ。

 今作れる初心者用体力回復薬と同じレシピだと、水で液を薄めるから毒の効果も薄まってしまいそうだ。だから、次に考えるのは毒液を濃くすること。うーん、煮詰めてみる? でも煮詰めるには道具がない。とりあえず絞ってみようか。

 トトモドキを片手鍋に3つほど入れて、乳棒を使って砕いていく。形が無くなってきたら、ドロッとした液体を濾して皮のカスや小さく柔らかい種の欠片を取り除き液体だけにして瓶詰めする。毒々しい紫色の液体が出来上がった。


毒薬Lv.1

トトモドキの果汁。継続的に3ダメージ。効果時間1分。


 うーん、効果は実をそのまま食べた時と変わらないな。とりあえず液体状になったので、どこかで敵に投げつけてみようか。加工していないトトモドキが4つほど残っているが、そのままバックにしまう。加工しない方が1スロットにしまえる量が多いから、必要な時に作ろう。もしかしたら別の調合方法を思いつくかもしれない。

 もう1つ見つけてきた暗闇草も食べてみよう。丸い葉をかじると仄かに甘い。しかし突如視界が真っ暗になり、上も下もわからなくなる。何も見えない。ブラインド、暗闇の効果がある植物らしい。これは猪退治では役に立ちそうにないな。

 20秒ほどで回復した。見えない間にエネミーが襲ってこないかひやひやした。戦闘中の20秒は長いから、敵に使えるといいかもしれない。


 一通り集めた素材を試したところで、念願のポーションベルトを作成する。2度目なので、手早く瓶を結びつけられたはずだ。現在は【調合】Lv.1。いつの間にか【初心者調合】から進化していたようだ。ログを見返すときちんとアナウンスされている。さらに、ウィズダムのレベルが10を超えたことでWPが増えている。

 【初心者弓術】も矢を作るために鳥と積極的に戦ったこともあって、【弓術】Lv.1に進化していた。

 【初心者木工】はLv.5、その他のウィズダムも2から3のレベルの上昇があったらしい。

 合計でWPが2ポイント増えた。次はどんなウィズダムを習得しようか。そんなことを考えつつも周囲を警戒しながら、町に戻った。


 襲い来る野犬やレッドラビットを迎撃しつつ、無事に瓶を割らずにオウニムに帰還した。うん、猪に遭遇しなければ、あの森の中の小川は安心して生産できる場所なんだよなぁ。

 作業をしているうちに昼になっていたので、ゲンドーさんの店にポーションを売りに行く。ついでに、猪のことや他の調合レシピのことを聞いてみるのもいいかもしれない。



「セイドの森で暴れている猪かい? うーん、それならマエツに聞くといい。オウニムの警備関係にもかかわっているし、熟練の狩人だ。ユツキちゃんも会ったことがあると思うよ。訓練所で弓を教えているんだ」

「ああ、あの人なんだ。ありがとうございます。あと、ゲンドーさんの店って薬のレシピは扱ってますか?」

「うちではレシピ本の類は扱ってないよ。新しいレシピを知りたいのかい」

「はい。森で知らない植物を見つけたので、何かに活かせないかなと」

「そうか。うーん、とは言っても私は弟子を取ってないんだ。そうだな、私の知っているレシピを教える代わりに、いくつかの薬を納品してくれ」

「分かりました」


 〔納品クエスト:3つの薬〕が発生した。よし、期待通りなにかしら調合のレシピを学べそうだ。ゲンドーさんはその場の紙にレシピを書きつけ、俺に手渡した。


「じゃあ、ここに書いてある薬を5つずつ納品してね。いつでもいいから。よろしく」

「はい!」


 ありがたくレシピをいただいて、今度は訓練所のマエツさんの所に行く。ウィズダムの習得に行ったときに見たあの人は、気のいいおっちゃんに見えたが、すごい狩人だったのか。プレイヤー向けの訓練官についてもなにか裏設定があるのかもしれないな。世界観しっかりしているゲームだし。それにしても、オウニムの東の森に名前があったとは。ただの森かと思ってた。



 西門前にある訓練所はゲーム開始二日目も混んでいた。施設の中に入ると、やはり弓の教官の前には人がいない。おかげで話しかけやすい。


「こんにちは、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ああ、前にうちで弓を習得していったスライダーか、どうしたんだ」

「セイドの森に出てくる凶暴な猪についてなにか情報がないか知りたいんです」

「……あいつは手ごわいぞ。今までオウニムの狩人から逃れ続けていた個体だ」

「どうしても倒したいんです」

 俺の生産生活のためにも。とは言わないが、重ねて尋ねると、教官は頷いた。

「……分かった。あれは、本来は突撃猪といって、この辺りに生息している猪の上位個体だ。巨大に成長した体と強い嗅覚によってオウニムで毎年行われている間引きから逃げ延び続けている。突撃猪の情報は確か図鑑に載っていたはずだ。ちょっと待ってくれ」

 訓練所の戸棚から教官は大きい本を持ってくる。慣れたように中ほどのページを開いて見せた。

 そこには3種類ほどのエネミーが描かれていた。そのうちの1つが突撃猪のようで、見覚えのある姿だ。けど、なんだか小さいような気がする。文字で説明書きらしきものがあるけれど、全然読めない。

「俺、字が読めないんです」

「それはもったいない。文字が読めると役に立つぞ」


 もっともな意見だ。まあいつか文字は読めるようにしたかったし、【言語学】を習得しようかな。今はちょうどWPがある。俺が悩んでいると教官は苦笑した。

「まあ、考えといてくれ。ここには突撃猪について書いてあるんだ。秋に活動が活発になり、好物であるブラウダケを求めて凶暴化する。牙は硬く、ハンターの剣が折れることもある。弱点は腹部であり、特に毛が薄い両足の間の腹は柔らかい。肉はうまい」

「……おいしいんですか」

「ああ、小さい突撃猪は秋の風物詩で、オウニム名物のトツゲキ焼はこの国でも有名だろうな、お前さんも機会があったら食べてみな」

「そうします」

 トツゲキ焼なる美味な料理に思いをはせかけたが、まだ季節ではないらしい。さらにマエツさんが以前狩りに行った時の突撃猪の行動パターンを教えてもらい、訓練所を後にした。


 キリが良かったのでさくっとログアウトして昼食を取る。その後、固まった体をほぐすため少々運動して夕食の支度を早めにしてから再ログインした。


 オウニムに降り立ってそうそう森へと移動する。今回は矢とポーションを量産して金策をしつつ、猪のモーションを実際に確認してみたい。毒薬については今のところ思いつかないので、やはり着火具を早々に買って煮詰める予定だ。


 ごりごり薬草を磨り潰す手際も良くなってきた。一通りポーションを作り終わり、ベルトへと加工をしている最中に、近くから茂みの揺れる音がした。

 慌てて手に持っていたベルトを手放し、俺が立ち上がったのと同時に猪の鼻面が茂みを出る。奴だ!


 名残惜しむ暇はない。作り掛けのポーションは置き去りにして、バックステップで距離を取る。突撃猪のモーションを確認したいから、出来るだけ長い時間、こいつから逃げ続ける必要がある。

 視線は奴に固定する。瞬きの暇すらもったいない。僅かな予兆をとらえるために、意識を尖らせる。

 マエツさんから聞いた突撃猪の行動パターンは3つ。突進、反転、そして突き上げだ。突進の予兆と突進の後、突撃猪が方向転換できなくなる瞬間、これを見極めたい。

 猪の足が地面を搔いた。奴の目線が俺に集中し、牙が沈み込む。

 来るか、まだか。

 じりじりと後ずさるものの、猪が走り出せば、すぐに追いつかれる距離だ。狙うは至近距離での回避、闘牛士のように横にかわせ。

 猪が走る。まっすぐに走りだした猪と俺の距離が奴の胴体3個分になったと感じた瞬間に横に飛ぶ。焦っていたのか体制を崩し、地面に手をついた。急いで起き上がると猪は空き地の端で足を止め、方向転換をしているところだった。

 マエツさんから聞いた通り、猪が向きを変えるには時間がかかる。攻撃するならこのタイミングだろう。

 次は猪の胴体5個分のタイミングでよける。さっきで来たんだから次もできる。着地に気を付けてもう一度。自分を鼓舞しつつ、こちらに向き直った猪を見つめる。

 猪が沈み込んで、奴が走り出した。あと少し、あと少し、よし、避ける!

 横っ飛びは着地に失敗しそうだったから、猪を視界にとらえつつ横に走る。猪は器用に少しずつ向きをずらして、斜めに追いかけてくる。

「失敗か!」

 猪と直線に位置してしまった。猪が速度を上げて走り出す。もう背後を見ている余裕はない。前を見て逃げられそうな枝を探しながら走る。

「ぐっ!」

 背中を衝撃が襲い、跳ね飛ばされる。体力が見る見るうちに減っている。しかし前と同じなら1/4ぐらい残るはずだ。猪に突き上げられ、跳ね飛ばされた俺の手が届く範囲に掴めそうな枝はない。しょうがない。

 身をよじって体の向きを変える。視界は空から地面へ。背負っていた弓を取るほどの余裕があれば。

 とりあえず優先は着地。気合を入れたらよくわからないが足から着地できた。猪が俺を狙ってまた突っ込んできていたから、必死に横に飛んだ。ごろん、と地面につくとともに回転して態勢を立て直す。猪は方向転換を図ろうとしていた。そろそろ限界だ。地面に散らばしたままの荷物をひっつかんで、俺は作業中から逃げ場として検討をつけていた、高い木に登り太い枝まで逃げる。

「はー、焦った」

 後は、奴がここからいなくなるのを、木から落ちないように待つだけだ。猪が継続的に俺が登っている木に突進して揺らしてくるので、座った枝を足で挟み込み、幹にしがみつく。作業は何もできないけど、猪のターゲットが解かれる時間が計れると思おう。




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