矢は作れるもの
餓死の危機は去った。店売りの行動食で食事をして、生産の成果を売り、今度は忘れず携帯食の干し肉を買って町の外へ出た。インベントリを見たときについでに確認したウィズダムだが、【初心者弓術】がLv.7になり、【鳥目】がLv.4に、【暗視】がLv.3に、【手捌き】がLv.6、そして【初心者調合】がLv.8に成長していた。
レベルアップはいいものだ。数値があがると成長していることがありありと分かる。特に
【調合】のレベルを上げたいので、もうちょっと生産する予定だ。
夜の森で薬草を探しながら歩いていく。偶に敵影がないか確認しつつ、先ほども見えた美しい空に目をやった。
月は満月から少し欠けている。【鳥目】が発動しているのかよく見える。星はたくさんあるものの、現実と同じ星座は見当たらない。
コウモリを屠りつつ、薬草を採取し、小川へと近づく。発動したままの【鳥目】で確認するといつもの定位置付近の梢に、大型の鳥がとまっていた。この距離ならコウモリより強くても対処できるかなと思い矢を放ってみる。
矢のわずかな飛来音に気が付いたのか、フクロウは飛び立った。俺に向かって飛んでくるので、狙いを定めて当たるまで矢を放ち続ける。外れる矢の数は多いが、フクロウが接近するたびに矢が当たりやすくなった。3本ほどの矢が掠めた後、フクロウは直線で進むのではなく、右へ左へと不規則に動きながらこちらへ飛ぶようになってくる。動く敵に矢はまた外れだした。
俺の顔に向かって素早く突進してくるフクロウに弓では間に合わない距離まで接近されたため、苦し紛れに手に持ったままの矢を突き出す。さすがに近距離では回避できなかったらしい。
「助かったぁ」
矢が掠めたことでフクロウのHPが減少していたのだろう。青い粒子となって消えていった。俺は疲れが込み上げ、ぺたん、と座り込む。かろうじて助かった。遠距離の内に気が付いてなければ俺がやられていただろう。俺って相当弱いんだな。
若干落ち込みながらも、ドロップを確認する。フクロウの羽が3つとフクロウの肉が1つ。肉ということは、食べられる。いざというときの非常食が手に入った。火がないから生だが。毒のダメージが入らないことを祈るしかない。
小川でポーション作りを開始する。今回はドロップアイテムがあるので、作れる初心者用体力回復薬の数は少ない。この際に試してみたいことがあった。
薬草の量による回復量の変化だ。まず使用する薬草の量によって回復量は変化するのかどうか。また、最低でポーションが成り立つのはどれくらいの量の水で薄めた場合か。最高品質のポーションを目指したいので、簡単なところから調査を始める。
初めに、薬草2本から開始する。3本、4本、と追加して【調合】、5本同時に薬草を使った場合の初心者用体力回復薬は4本の場合と回復量が変わらなかった。これらが今のところ一番回復量が多い。
初心者用体力回復薬 普通
体力を20回復する
なぜか品質も良くなっている。考えられる理由としたら、使った薬草の数が多いので、丁寧に時間をかけて磨り潰したことだ。うーん、品質についてはまだ謎が多い。次は水の種類を変えて作ってみたい。そのためには着火具がほしいな。
ポーションの製作中も時折コウモリが襲ってきたのでその都度倒していたら、ドロップアイテムがバックを圧迫していた。先ほどコウモリのドロップを売った時に金額がポーションよりも少なかったため、優先してバックに仕舞うのはポーション類だ。
この夜間の戦闘、そして生産で【初心者弓術】がLv.9、そして【初心者調合】もLv.9になった。戦闘ウィズダムのレベルが上がるのが速いのは、恐らく夜間戦闘のお陰だろう。大抵、戦闘が難しい夜間の方が入る経験値が多いから。ただし、矢の命中率は言わずと知れたことだろう。習得可能ウィズダムリストを確認すると、【蹴り】のウィズダムがあった。しかしWPが足りないので習得はできない。今こんなに苦戦しているから、【蹴り】があると安心だろうな。
矢も尽き、バックがポーションで満たされたので、オウニムに戻る。金が溜まって大きいバックを買えるまでこの繰り返しだ。
鳥と虫の鳴き声だけがしている森で、枝葉の擦れる音がした。それは何らかの生物がいるということで、昼に戦った野犬かもしれない。音が違うので、コウモリではなさそうだ。しかし俺は嫌な予感を信じて、片手に持っていたコウモリのドロップを捨てて、全力で一番近くの木によじ登った。
脱兎のごとく、と言ってもいいだろう。今回は焦らずに素早く。できる限り高いところへ登る。そして幹にくっつき太い枝の根本に座り込んだ。
よく見える目で周囲を見回す。懸念が誤っていればいい。エネミーが立てたと思わしき音は遠く、迅速に行動したため、接近はそろそろのはずだった。
茂みから猪の鼻面が出る。俺がずっと警戒していたヤツだ。ヤツは鼻をひくつかせてこの木の周りをうろうろと探している。
そうか、ヤツは臭いでプレイヤーを見つけているのか。
体臭がするのだろうか、と自分の体を嗅いでみたが、特に何のにおいもしない。まあ、風呂が実装されていないし、体臭で不快になる人もおおいから、このまま実装されないでほしいな。
そうすると、プレイヤーにはわからない程度の動物の嗅覚があることになる。ハーブか何かで誤魔化せないだろうか。虫除けとかを作るみたいにエネミー避けが作れたらいいのに。レシピはどうやって手に入れるんだろう。やっぱり薬屋かな。
しばらく探し回っていた猪は諦めたのか去っていく。ヤツが戻ってくるかもしれないとそのまま木の上で警戒していると、遠くでプレイヤーの叫び声がした。
「突撃猪だ!みんな避げッ」
警告したプレイヤーは猪に衝突されたのか、濁った声を途切れさせた。
今のうちだな。俺は木からそうっと降りて、森を走る。途中で2匹ほどレッドラビットと交戦したものの、辛くも勝利を納め、無事にオウニムまで帰り着いた。もちろんウィズダムを持たない素の蹴りで戦う羽目になった。矢がない射手でも戦える方法を持つ必要性を強く感じる。次は自分で矢を生産できるように【木工】のウィズダムを習得したいと思っていたが、【蹴り】の習得が先だろうか。でも、この近辺なら、ウィズダムなしの素の蹴りでもどうにかなっているから、やはり優先順位は【木工】だろう。
朝日が昇るオウニムだったが、まだ早朝。ゲンドーさんの薬屋が開いていなかったので、開いていた商店でポーションを売り、矢の代わりに加工用のナイフを買って森に引き返す。次は【木工】ウィズダムを習得可能にするために矢を作ってみようと思う。
森にやって来た。
チャンバラごっこをするには短いけれども、しっかりとした枝を1本選んで拾い、木に登る。初めての作業だし、猪に絶対邪魔されないところで作成したいと思ったからだ。
枝の皮を剥ぎ、先端を地道に削りながら、考え事にふける。
男っていくつになっても振り回すのにちょうどいい枝を見つけられるんだな。矢にするには長すぎるけれど。矢に加工するため枯れ枝探しをしていた時に、システムアシストなんてないのに良さそうな枝が目につくこと、目につくこと。その中から俺はチャンバラの武器にするには短めの枝を選んだ。実際はもうちょっと短い方が矢にするにはいいのかもしれない。
でも短い枝は頼りないように見えてしまったからなぁ。
さりざり、と削りカスが木の上から落ちていく。
これで矢が作れるようになったら、あの猪に勝てるだろうか。金策するにしても、バックに入る量のポーションを売ってたんじゃ、金が溜まるまでに相当時間がかかる。特に森から町への移動時間が長すぎる。おそらくポーション瓶を結んだベルトはいい考えだった。ただ、それをオウニムまで守り切ることが必要なんだ。レッドラビットや、野犬、コウモリ、フクロウたちが相手なら腰蓑を守りつつ、逃げるか倒すかすることはできるだろう。けれど、猪だけは駄目だ。他のプレイヤーの警告の声が聞こえたことから考えるに、あの猪は有名なはず。この森の中ボスぐらいかもしれない。さっきは運よく前兆に気が付いたから逃げ切れたものの、今の俺では倒すことも接敵後の逃走も不可能。
しかしこんな序盤で、猪に負けてくじけていたら、この先に不安が残る。この先のエリアで冒険していけるだろうか、って。俺の安心安全な生産生活のためにも、あの猪が倒せる程度に強くなりたい。
今の俺のプレイスタイルは、遠距離からエネミーを狙う射手。ただしレベルが低いせいで矢はほぼ当たらない。ある程度接近して数を打つスタイルだ。生産職としては【調合】をメインウィズダムにして薬師を目指している。これが何か生かせないだろうか。
まず矢が当たらないなら、当たるまで近づけばいいんだよな。フクロウと戦った時に近づけば近づくほど、エネミーに矢が当たりやすくなっていたはず。そしてもう1つ、忘れていたものがあった。バックの中の肥やしとなっていた毒薬だ。
矢の先に毒を塗ればいいんじゃないか。とりあえず倒せればいいんだし、毒薬なら処分もできず余っている。やってみる価値はある。あとは猪に毒がどの程度効くか。まず毒が通じるのか? 通じるならどのくらい猪に食らわせることができるのか。付着させるだけでいいなら最高だし、掠るだけで毒の効果があるとおそらくいける。戦いやすい。とはいえ完全に体内に毒をつけた鏃が刺さらないといけないなら今の俺の技量じゃ難しい。
あと毒の量だ。現在持っているのは毒薬Lv.1のごく弱いもの。これはどれくらいの効果があるんだろう。多分探せば毒草もこの森に生えている。俺が適当に摘んで見つかったんだから素材には困らないだろうな。
可能であれば、接近戦で猪が倒したい。そうすればギリギリまで作業できて、必要以上に警戒しなくて済むんだけどなぁ。敵に近づいて矢を放つなら、命中率に悩まされることも減るんじゃないだろうか。
回避を鍛えて、近接戦闘系のウィズダムを取って近接戦闘に特化してみようか。弓の遠距離攻撃も好きだが、弓で近距離戦闘ができるなら、近づかれてなすすべもなくHP全損なんてこともないし。
それに俺、今まで近接職だったもんなぁ。《ワールド》から新たな楽しみを求めて遠距離職に変えてみたけど、やっぱり慣れない。
昔、宗司が話していた2Dゲームの話で回避弓とかいう単語を聞いた気がする。回避ならウィズダムなしでもエネミーのモーションを覚えれば少しはましになるだろうから、やってみる価値がある。実地で猪のモーションを観察してみよう。
あとは、オウニムであの猪の弱点を知っている人がいないか聞き込みだ。
手元では、形を整えられた木の棒が出来上がっていた。流石に矢羽などはないため、見かけは先端が尖った棒だ。しかし、何度も真っ直ぐかどうか確認した上に、矢筈となる部分の窪みを作ってみた。買った矢と見比べながら作ったから、恐らく矢だ。矢羽はないけど。試しに手持ちの弓で射る。残念ながら盛大に目標を外したが、とりあえず飛んだし突き刺さった。
習得可能ウィズダムリストを見ると、【初心者木工】が追加されていた。うん、目標達成だ。WPを1ポイント使い、【初心者木工】を習得。ウィズダムを入れ替えて、早速レシピを見ると、先ほど俺の作った矢もどきのレシピと、矢の基本レシピ、そして杖のレシピがあった。矢もどきのレシピに記された名前が不完全な矢だったので、ちょっと悲しくなる。やっぱり、矢羽がないとダメか。
本来のレシピの矢は、枝と2枚の羽と糸が必要だった。糸は蔦で代替できるから、羽を入手しよう。
周囲にエネミーがいないことと、猪が出てくる兆候がないことを確認してから飛び降りる。着地した時に足にくる衝撃が現実より少なくて、爽快感がある。矢の材料と毒の材料、そして再びのポーションベルトチャレンジのため、俺は森の探索を再開した。