ユツキくんは女の子?
早速宗司にメールを送ってから、返信が来るまで生産を行うことにする。俺が持っている生産系ウィズダムは【初心者調合】のため、ポーションの製作などができるはずである。
早速メニューウィンドウを開き、恐らく【初心者調合】を取得してから増えたレシピタブを開く。うん、予想通りの白さ。しかし1つだけレシピが乗っていた。初心者用体力回復ポーションである。必要な素材は薬草と水だけのお手軽レシピだ。他のレシピは知識を得るか自分で作らないとここに表示されないんだろうな。
薬草を探しに町の外に出る。なんとなくだが森にありそうな気がすると勘に任せて東門から出て森へ向かった。
草原ではプレイヤーたちが野犬と戦っていたので、近づきすぎないように森に入る。ウサギより一段階強い敵が野犬なんだろうか。パーティで戦ってるし。
森の入り口ではまだ木々がまばらに生えていて、下草は日を浴びて青々と茂っている。
「……薬草って、どんなのかな」
さすがは知る楽しみを追わせる《ワールド》だ。ゲームの序盤御用達の薬草すら知識がなければ分からないとは。レシピが開示されているから同じく薬草ぐらいは視界に入ったら≪鑑定≫されると思ったんだけどな。
森を行く当てもなくうろつき回ってもさっぱり薬草が見つからない。代わりに脛ほどの水位の穏やかな小川を見つけた。
とりあえずそこらへんに生えていた草のうち、なんか特徴があると俺の独断と偏見で決めた草を5種類ほど引っこ抜いてみた。このまま齧って効能を体感してみてもいいが、あまりにも野蛮すぎる。ひとまず【調合】してみてから体感してみよう。行動の結果はあまり変わらないが、生の草をまるかじりしたくない俺の妥協である。
まず水を小川から初心者用調合キットに付属する鍋で汲む。次は適当な草を乳鉢で磨り潰し、草を潰した汁を薄める。この草は葉が丸いのでなんか気になった草だった。残った草の残骸を漏斗とろ紙を使って取り除き、完成したほんのり緑色の液体をどこからともなく現れた小瓶に入れる。いつの間にか初心者用調合キットの中に表れていた小瓶さんである。別ゲームではぴかっと光ると薬瓶に入ったポーションができるけれど、《ワールド》では慎ましくポーションを作成中に調合キットを纏めていれてある袋の中に出現するようだ。瞬間移動できるなんて強い。
次に葉がギザギザとして、タンポポの葉に似た植物、細く鋭い葉、広葉樹みたいな葉の草を順々にレシピ通り【調合】していく。
出来上がった薬瓶の中身の色は薄緑が2本、紫が1本、濃い緑が2本だ。うーん、1本明らかにヤバい奴がある。
えい、ままよ。と最初に作った薄緑のポーション(仮)を飲み干す。すごくまずい草の味がした。俺のHPを確認したが、削れても回復してもいない。そういや、今俺のHPは全回復してるから体力回復ポーション飲んでも分からないな。
確認のために手持ちの矢を取り出し、鏃で自分のHPを削ろうとしたが、軽い音に邪魔された。どうやらメールが来たらしい。
[ソウ>今からログインするからオウニムの中央広場の噴水前集合な。こっちは茶髪の鎧と盾を持った剣士と黒髪にメッシュの杖持ったプレイヤーの二人組]
[UTUKI>了解]
手短に返信して、ポーション(仮)達をバックにしまい、オウニムに走って戻る。さっきの戦闘の後、矢を買い足さなくてよかった。ポーション(仮)が入らない所だった。いや、1本飲んでなかったら入らなかった。
集合場所の中央広場、噴水前は待ち合わせ場所のようで人が多かった。初心者装備のままの人や、一部のみ初心者装備でない人達の間に目立つのは鎧と盾を持った剣士と黒髪にメッシュが一筋入った青年だった。腰には杖を吊るしている。あれ、おかしいな。とりあえずメールで聞いた人物と似ていたので、話しかけてみる。
「あのー」
「お、ウツキ?」
「あれはユツキって読め。ということはソウか!」
「おう」
「そしてこちらはどちら様」
「現実逃避もほどほどにしろよ」
さらさらの短い黒髪に1房赤メッシュが入った最近ではブームが去った漫画の主人公のような文句のつけようもない美形の青年は軽口を叩く。
「伽耶は男だった……?」
「馬鹿。何年双子をやっているんだ。ただの機械の誤認だよ。お前もそうだろう?」
「え、俺って今女の子?」
「その外見で男ってことはよほどだろうな。メニューで見れるぞ。確認してみろ」
片手間に飛ばされたフレンド申請を受諾し、メニューから装備確認フィギュアを見る。あ、女の子だ。Femaleと記されていた。
「女の子だった」
「ああ。美人だぞ。後で見に行こうな、一瞬、関木の奴かと思ったくらい」
「へえ、親戚の関木家の女性に似てるの。それはちょっと見たいな」
「会話が弾んでるところ悪いがお二人さん、そろそろ自己紹介でもして移動しようぜ。人が増えてきた」
「あ、そうだった。俺はユツキだ。ソウもフレンドよろしく」
フレンド申請をソウに飛ばしつつ、名前を間違えられないよう主張する。
「俺はチガヤだ。読みは文字の通り。杖使いをやってる。近接職だな」
「俺はソウ。同じく近接だがタンクもできる剣士だ」
「あ。忘れてた。俺は射手で全然当たらない」
「ああ、知ってる。弓使いは大体【補助魔法】の<ターゲットロック>を覚えるまで当たらないことに悩み続ける」
「βから変わってないみたいだしな」
ソウもチガヤも知っていたらしい。【補助魔法】というウィズダムは知らなかった。当たりにくいことは魔法で補助できるらしい。
「知らなかった。ということで俺の矢は当たらないぞ」
「まあ追々でいいんじゃないか。今日は俺もソウもいるし」
「だな。パーティ組めばフレンドリーファイアでダメージはないから安心して戦ってくれ。んじゃあ準備のために移動するぞ」
「ソウ、鏡がある店にしよう。ユツキに外見を見せたい」
「なら中央のデカい商店だな。装備も売ってるところ」
「頼む」
いや、そんなに急いで見る必要はないけど、という間もなく2人に連れられ中央広場からすぐ西大通りに入った場所にある商店に入る。店内は品ぞろえ多く、ポーションからシンプルな皮鎧まで置いてある。店内の装飾でもある鏡の前に立つと、そこには知らない美少女が立っていた。長く靡かせた黒髪と小ぶりな顔に輝く花緑青の瞳の少女がこてり、と首をかしげている。それは今にもあれ、おかしいなとでも言いたげに。
「ユツキ、見惚れてないで買い物するぞ」
「チガヤ、これ本当に俺か?」
「ああ、もちろん。俺の大切な片割れだ」
チガヤに言いくるめられたので容姿について考えるのはやめ、矢を1セット追加購入する。金策しないと本当に金がない。店内で初心者用体力回復ポーションを買うソウを待つチガヤに疑問を聞いてみる。
「チガヤ、このゲームって鑑定はないのか? 生産系ウィズダムを取ってても素材が見分けられないんだ」
「ああ、ちょっと複雑な手順がいるんだ。スロットに入れたウィズダムを選択すると≪クラフト≫技能が使える。これはパッシブとアクティブがあって、パッシブには≪鑑定≫がオンオフできるし、アクティブには≪自動生産≫という他ゲームと同じ手順省略の生産ができる。」
「よくある<アーツ>や<スキル>みたいな奴?」
「アクティブ型はそうだ。このゲームだと<武技>だな。それの生産版が≪アクティブクラフト≫。大体は≪自動生産≫だな。光ったら一瞬で完成するからありがたいものだ。それに、≪鑑定≫のようにこのゲームのパッシブ型の能力は大体発動するか否か、プレイヤーがオンオフで調整する必要があるから、ウィズダムはタップしてみた方がいいぞ。基本はオフだからな」
「なるほど、勉強になったよ」
「悪い、待たせた」
ソウが戻ってきたため、会話を切り上げ店を出た。そういえばこの後どうするのか知らないな。俺が尋ねるとソウとチガヤが順に答える。
「この後の予定は?」
「ユツキに合わせてこの辺で連携の練習をして解散の予定。フレ交換だけじゃもの悲しいし」
「とはいえ、スタートダッシュの為の波はまだ来ている。初めのうちにどこまで進めるかで後の楽さが大きくなるからな。ユツキには悪いが長時間は遊べない」
「いいよ。俺もゆったり自分のペースでしたい。今【調合】を伸ばしたいし」
「ポーションの供給はいつでも足りないから大助かりだな」
「ああ。βで≪鑑定≫をオンにする方法が分かるまで似非薬師によるポーション詐欺が横行、有志生産組合の発生による鎮圧によってやっと真っ当な薬師が表に出たのに低品質しかできないポーション」
「店売りの方が同じ回復量でもポーション中毒になりにくいから店売りの方が売れるものの、全体の流通量が一定でポーション不足。プレイヤーメイドもあるが、どんなにレシピを改善しようと試みても店売りの方が人気。しかも開始時の≪鑑定≫なしで作られた毒ポーションのこともあってポーション屋の評判は失墜。有力な薬師も流石にβまでで薬師はやめて本サービス開始時に別の生産に移ると宣言。そんなわけでサービス開始現在、【調合】は人気がない。茨の道だが先駆者になれるぞ、ユツキ」
「長々と説明ありがとう。いろいろあったんだな。残念ながら俺は自分で使う分のポーションが作れればいいから茨の道は走らないと思うけど」
雑談をしているうちに東門から俺達は東門から出て森へ着いていた。話を聞くと、ここでは草原よりちょっと強いエネミーが出るらしい。まばらに生える木々の隙間を見ていると、吸い寄せられるように敵影を見つけた。
「3時方向に何かいる」
2人に警告すると俺も武器を下ろし、警戒する。ソウはパーティの前に出た。木々の隙間から見える敵は爛々と目を輝かせている。やせ細った野犬のようだ。
「野犬来るぞ!」
草原で見た野犬よりもやせ細り、けれど狡猾になった野犬はこちらから姿を隠すように回り道して茂みに潜り身を隠す。俺達の視界から外れた犬が茂みの何処から飛び出してくるのか、3人で周囲を警戒する。一番に兆候に気が付いたのはチガヤだった。
「ユツキ、お前の後ろだ!」
野犬は茂みを回り込んでパーティの背後に出現、つまりは俺の前に躍り出た。構えたままの矢を放つ。狙いを定める余裕はない。当たらなかったが牽制にはなったようで、犬の足元に矢は飛び、怯んだように足を止める。その間に俺は後ろに下がり、ソウの位置を入れ替える。犬はソウに噛みつくも鎧には歯が立たず、そのままソウに剣で切り捨てられた。
「お疲れさん」
「ユツキは筋がいいぞ。弓は初めてなのにここまで近く射るなら、<ターゲットロック>は要らないだろう」
ソウが剣を鞘に納め振り返る。出番のなかったチガヤは俺を褒めくるりと手の中で杖を回した。
「そういってもらえると嬉しいな。練習する」
「ああ、それがいい」
こうして森の中を歩き回って敵の索敵、撃破を繰り返し、それぞれのバックにドロップアイテムが入らなくなった頃に狩りを終えた。
この森は主に野犬(強)と、うり坊が昼間出現するようだった。俺は索敵と牽制ぐらいにしか役に立たなかったが、完全お荷物じゃなくてよかった。
「チガヤ、ユツキ、お疲れ。特にユツキはレベル帯ぎりぎりだったから疲れただろ」
「いや、楽させてもらった。俺一人じゃ戦えなかっただろうし。弓で戦闘すると大赤字だから」
「ユツキのその目は便利だな。索敵が捗るし、兆候にも気が付きやすそうだ」
「うーん、よく見えるだけじゃないか? 何度かは気づいたけど、チガヤの方が気付いた回数は多かったし」
「それは現実でコンタクトの俺に喧嘩を売ってるな? よく見えるだけで充分だろ」
「ソウは目が悪かったっけ。悪かったよ。よく見えると便利です。けど、どうせ遠くが見えるなら遠距離狙撃したかったな。見えてるのに接近を待つしかできないのは歯痒い」
【鳥目】のウィズダムを使っていて思ったことは、見えているだけということだ。遠くの敵に先制攻撃できたらいいものの矢が当たらない。さらには目がいいだけであり、敵の位置が分かる訳ではないのだ。ただし、エネミーのもたらす兆候はたまに気が付くことができる。ただ単に俺が兆候を見つけただけとも言える頻度でしかないけれど。
俺のウィズダムの利点欠点が分かり、さらには3人での連携もなんとなく固まったということで、オウニムに戻って別れることにした。ここからはまた個人で遊ぶことになる。このままハードレベリングコースに行かないかと誘われたが今のところ俺は生産がしたいため、断った。
「それじゃあ今日はありがとう」
「おう、ユツキが【調合】でポーション作れるようになったら買いに行くぜ」
「気長に待ってくれ。それでチガヤ」
「ああ、どうした?」
「今日の夕飯は何がいい?俺の当番だったよね」
「……手軽に食べられるもの」
「分かった魚焼くから」
チガヤはプレイ時間が減る、と悲しそうだったが、チガヤは魚を食べるのが早い方だし、ゲームのために食事時間を削るのはまずい。そのため、チガヤの主張は却下した。
「夕飯までにはきちんとログアウトしとくから釘を刺さなくていい。じゃあな」
これ以上の小言の危険を感じてか、オウニムの北門に入ってすぐにチガヤは手を振って別の通りへ去っていった。ソウもまたレベリングに行くらしく、NPC商店の前で別れた。
俺も2人のお陰で手に入れたドロップを売って懐を潤し、生産活動に邁進するつもりである。ひとまず東門へ向かおうと歩き出した。
チガヤに聞いた方法で【初心者調合】ウィズダムから≪パッシブクラフト≫全般をオンにする。まだパッシブは≪鑑定≫しかないが、ともかくこれで作ったポーション類の名前も、採集したい素材がどれなのかもわかるはずだ。
バックの容量を無駄に圧迫していたポーション瓶4本を取り出し、効能を確認する。薄めた草の汁、毒×2、初心者用体力回復薬。毒とかあるのか、危ないな。一番最初に呷ったポーション(仮)が毒じゃなくてよかった。自分で作ったポーションで初めての死に戻りとか無様極まりない。
適当にバックに突っ込んだせいでどの葉が薬草なのか分からなかったが、それはこれから調べればいいか。草の汁は捨て、毒とポーションは一応バックに仕舞い直す。そして今度こそは初心者用体力回復ポーションを量産して稼ぐのだ。
[tips] チガヤが性別の誤認についてあっさり流しているのは、VR機あるあるだから。運営に問い合わせれば変更してもらえるし、そのままプレイしてもいい。
一部団体は性別誤認状態でのフルダイブは脳に影響を与えると主張しているが、その真偽は明らかではないし、現在のところ健康被害も出ていない。ただ、VRフルダイブ技術は大衆に広まってから10年ほどしか経過していないため、影響について明らかになっていない部分も多い。
世間的には「よくあるバグなので問題なし」という扱い。