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占い師との出会い


 翌朝。早めに起きて、朝食用のお握りを作る。具は味をつけた鶏肉を焼いたものと、梅干だ。汁物はインスタントだ。おかずはたぶん伽耶は時短で食べないだろうから、夜あたりに多めにしよう。自分用にも同じくお握りを作って手早く食べて、片付ける。伽耶の分の朝食は食卓の上においておく。

 伽耶ほどではないが、やっぱりサービス開始は待ち遠しい。部屋に戻り、ヘッドギアをかぶり、横になる。時間を潰すため、端末でネットサーフィンをしている最中にも気になって何度も時計を見てしまう。

 やっと、サービス開始時刻がやってきた。端末を枕元において、接続する。


「コネクト」


 ログイン直後に降り立つ銀色の部屋で、《ワールド》と書かれた扉を開けて足を踏み出す。目の前が真っ白になったかと思うと、すぐに視界が回復した。

 輝く月に照らされた遺跡だ。遺跡にはワールドのロゴ。空には星が、地上には木々が風に揺れている。オープニング映像だろうか。

 一通り景色を見ると、目の前にウィンドウが現れた。キャラメイクの時と同じだ。

『名前を入力してください』

 ホロキーボードを立ち上げ、これから《ワールド》で使っていくことになる名前を入力する。いつもと同じ、ITUKIだ。本名そのままだけど、プレイヤーネームの中に紛れるだろう。

『その名前は既に使用されています。名前を入力してください』

 どうやら、既にイツキで登録している人がいたらしい。自分で言うのもなんだが、よくある名前だからな。さて、どうしよう。いつもと違う名前か、すぐには思いつかない。

 しばしホロキーボードを見ながら考え、思いついた。キーボードに手を滑らせる。UTUKIと入力し、確定すると、今度はウィンドウが消えた。

 射手で弓を使うこと、そしてUは弧を描いているから弓に似ている。だからユツキ。即興で考えたにしてはいい名前かもしれない。ウツキと間違えられそうだが、まあゲームだし変な読み方の名前でもいいだろう。

 目線の先、何も無いはずの空間に文字が浮かんだ。


Hello world!


 そして目が開けてられないほどの光を放つ。次に目を開けると、俺は雑踏の中にいた。



 石畳と煉瓦でできた西洋風の町だった。立っていた場所は同じような服を着たプレイヤーが数多く立っている広場。どうやらここは最初に降り立つ場所らしい。多くのプレイヤーは町をきょろきょろと眺めている。その気分は良く分かる。日本ではテーマパークぐらいでしか見ないような町だ。しかし一部の人たちは脇目も振らず広場を去っていく。

 景色を見終わった人たちも同じ方向へ移動していくから、あっちで何かあるのだろう。おそらくウィズダムの習得場所がある。サービス開始の待ち時間で調べたところ、この最初に降り立つ町、オウニムで覚えられる戦闘系ウィズダムは3つ。【棒術】と【弓術】と【剣術】だ。他の戦闘系ウィズダムが欲しいなら、ここで適当に習得して、望みのウィズダムの習得クエストの場所まで凌ぐのが一般的のよう。たまに自己鍛錬でウィズダムの習得条件を満たす猛者もいるらしいが、この手段は時間がかかるようだ。戦闘系ウィズダムを覚えられるクエストの場所は町の西にある訓練所。この人の流れはおそらく訓練施設に向かっている。どう見ても流れていく人が多い。今週末は連休だからだろうか。それにしても最初のウィズダムをクエストとは言え訓練することによって手に入れるとは、やっぱりこのゲームは経験や知識を重視しているらしい。


 まずは町を見て歩こうかと人の流れとは反対方向の大通りへ歩いていく。広場は町の中心部にあったようで、そこから東西南北に大通りが伸びているようだ。東大通りにはさまざまな店舗があるものの、ほとんどが空き店舗だ。これからプレイヤーの店になるのかもしれない。石畳につまずいて転んだ拍子に見えた店と店の間にある小さな道が気になった。

 どうしてか体の調子がおかしい気がする。VRゲームをやるのはこれが初めてではないからVR初心者特有の操作下手ではないはずだし。うーん、なんだろうな。あんまりひどいようだと一度ログアウトした方がいいかもしれないな。

 たまに蹴躓きながらもゆっくりと歩いて奥に進むと、アパトルマンだろうか、外国によくあるタイプの多層住宅が立ち並ぶ。何度か角を曲がり、住宅の一階部分の端にあるトンネルを潜り抜けた先に、今までの道とは違い、少しばかり広い空間が見えてくる。その空間は、高い場所に建っている少し大きめの多層住宅へと繋がる階段や、他の場所へと向かう、俺が通ってきた小道の先であろう道が存在していた。また、近隣の住民が育てているのだろうか、花や植木の鉢植えがいくつも置かれている。地域住民憩いの小さな広場だ。

 その中でひときわ目を引く存在がいた。階段の脇に机を置き、柔らかそうな生地のテーブルカバーを敷いた上には水晶玉が置かれている。机の後ろに座る人物は目深に黒いフードをかぶっていて、いかにも占い師といった様子だ。


「ちょっと! 見てないでこっちにいらっしゃい。今ならなんと! 半額で占ってあげるわ」


 声からするとどうやら女性のようで、手招きに従い机の前の椅子についた。ちらりとメニューウィンドウから所持金を見ると初期配布金額は5000G。まあちょっとくらい散財は大丈夫だろう。占いの屋台ならゲーム開始の運試しでもしてみようかな。


「何を占ってもらえるんですか?」

「そうねぇ、私は過去を占うのが主な仕事ね。一回1万Gのところ、今なら半額で5000G、どう?私の占いって結構効果あるのよ」

「ちょっと、きつい金額ですね」


 さすがに全額使ってしまったら今後がつらい。今回は縁がなかったな、と椅子から立ち上がりかけると彼女は慌てて言葉を重ねる。


「特別に3000Gで占ってあげてもいいわ。その代わり、ちょっとお使いをしてきてくれる?」

「お使いですか?」

「そうよ、ちょっと急いで知人に届け物をしてもらいたいのだけど、私は今仕事中なのよ。ほら、これ」

彼女の見た目が目立っていたから全く気付かなかったが、机の横に小さな看板が置いてある。文字は読めない。日本語ではないようだ。


「すみません、読めないんです」

「あら、そうなんだ。不定期って書いてあるの。でも一回店を開いちゃったら荷物片づけて移動するのが大変じゃない。でも今日は占いたい気分なの。だから代わりにお使いしてほしいのよ、どう?」

「うーん、そのお使い先ってこの町の中ですか?」


 まだ戦闘系ウィズダムはひとつも取っていないから町の外だと困る。でも占いはちょっと魅力的だ。幸先もよさそうだし。お使い先を聞くと彼女は安心したように笑う。


「この町の中よ。北通りからちょっと入ったところの薬屋の方にこの手紙を届けてほしいの。そしたら3000Gで占ってあげるわ」

「わかりました」


 まあ、町を歩くつもりだったし、いいか。と手紙を受け取る。すると視界の隅に、〔お使いクエスト:占い師の手紙配達 受注〕と表示される。


「場所はわかる?」

「いえ、今日この町に来たばかりなので」

「じゃあ、地図を書いてあげるわね」


 机の下から取り出した紙に彼女はすらすらと地図を書くと、いくつかの印をつけながら説明してくれる。


「この印の場所が薬屋ね、今いるところはここ。私の横の階段を上って住宅の横の道を通って東大通りに戻ってから北大通りに行くと早いわ」

「ありがとうございます」


 渡された地図を初期装備の小さな肩掛けバックにしまう。メニューにアイテムボックスとかインベントリとかあるといいんだけどな。メニューを開いても所持金と装備確認フィギュアとHP、MPゲージ。そしてウィズダムという名前の別のタブぐらいしか項目がない。ただ、不自然に開いている部分や空白のタブが結構あるから後から追加されるんだろう。所持金はたぶんお情けだ。初期装備のバックにそのまま金貨を突っ込まれるとプレイヤー的にも整理に困るし会計が面倒だからだろう。


「いってらっしゃい」

「いってきます」


占い師の女性に手を振られ、階段を上る。東大通りへ出て広場まで戻り、地図を見ながら北大通りを過ぎて、少し通りの中に入ったところにある小さな店にたどり着く。3回くらい曲がり角を間違えたが、無事ついたようだ。

 店先にはいくつかの植物の鉢が置かれていて、店内には大きな瓶に入った液状の薬や逆さ吊りにされた植物などがつるされている。奥の方の机に座ったメガネをかけた優しそうなおじいさんに声をかけた。


「こんにちはー、お届け物です」

「おや、何かあったかね」

「占い師の方から、手紙の配達を頼まれたんですけど」

「ああ。キイツちゃんか。ありがとうね」


 手紙を渡すと、おじいさんはにっこりと笑って、

「ついでにこれも持っていきなさい」

 試作品なんだ、と棚ではなく店の奥からふたつ、キャンディを持ってきてくれる。薄い紙に包まれたそれを受け取った。


「ありがとうございます」

「いえいえ。もしよければキイツちゃんに感想を言っておいてもらえるかい。今後の参考にするよ」

「はい」


 優しい店主に見送られ、地図を頼りに占い師の彼女がいた場所へ歩き出す。たぶんこのキャンディは占い師さんの分も持たせてくれたんだろう。お使いのお駄賃としてお菓子を貰うなんて初めてだ。まあ最近は物騒だからちっちゃい子供をお使いに出すなんてことしないからだろうけど。

 それにしてもいいものを見た。蛍光緑の液状薬に薬草と思われる植物、店の中には調合に使うのだろう器具も置かれていた。生産をやるなら【調合】を選びたいという気持ちがより一層高まった。器具も不思議な物が多くて見栄えもいいし、わくわくする。

 浮き立つ気分のせいか何度か道を間違え迷いながら、占い師さんのところに帰り着く。彼女の前には誰もおらず、暇そうにしていた。俺を見つけると彼女は嬉しそうに言う。


「遅かったわね」

「道に迷いまして。これ、薬屋のご主人からです」

「ありがと。あっゲンドーさんのキャンディは絶品なのよ!」

「試作品と聞いたんですが、有名なんですか?」

「うーん、まあ一度も店に並ばない、配る用のお菓子だからね。まあこれも薬草を練り込んであるし、試作品なのかな。完成させる気はないみたいよ」


 ぱくり、と口にするとさっぱりとした酸味と爽快感のある味だ。しいて現実にあるもので表現するならライムミント。それにしても見事な調和だ。


「とてもおいしいですね」

「でしょー、私これ大好きなのよ。さて、占いましょうか。3000Gは先払いね」

「はい」


 メニューの金額欄をタップし、引き出し金額入力のウィンドウに金額を打ち込んで、机の上に3000Gを出す。


「うん、ぴったりね。それじゃあ、あなたの過去を占うわよ。この水晶玉を見て。あなたは何が見える?」


 水晶玉に見えたものは、内部で煙が揺らめいていて、覗き込むと色と形が次々に変化していく。分厚い本になり、緑色の表紙が開かれページがめくられていくかと思うと、小さく丸くまとまって、奥に引っ込んだ。そしてだんだん近づいてくるものは、手のようだ。手のひらが水晶玉の内側の壁に触れかけたと思うとくるりと球の内部に沿って巡り満たして、中心にこちらを見据える目が現れる。


「本?いや、だんだん大きくなってくるこれは手?あ、目になった」

「へえ、あなたにはそう見えるのね」


 同じく水晶玉を覗き込んでいた占い師は先ほどとは違い、神秘的な雰囲気で言った。


「この水晶玉は本人の魔力によって内部を変化させるの。そして同じものが見えていても、受け取り方は人によって違う。あなたが見つけ出したその印を私が解釈すると、あなたはかつて、『知識を求める』。そしてあなたには、『奥の手がある』、また『目が良い』のね。過去は現在へと通じるわ。あなたの経験は無くならないの。新しいことも大切だけど、過去も大切にしてあげてね」

「はい」


 頷いてはみたものの、よくわからない部分が多い。俺がこのユツキのキャラクターを作ったのは今日で、プレイヤーである樹はこの占いには当てはまらないだろう。まあ、占いは当たればラッキーぐらい、幸先の運試しとしてはいい内容だと思う。神秘的な雰囲気は消え、占い始める前のように彼女は気の抜けた雰囲気で大きく伸びをした。


「さーて、仕事終わりっ。今は分かんないだろうけど、後で分かるから覚えておいて。んじゃーお姉さん今日はもう帰るから、また暇なときに遊びに来てね」


 さっと立ち上がると机を分解して、カバーをたたみ、机の下に置いてあったトランクの中にしまい込む。看板も水晶もなにもかもを収納して、不思議そうに見ていた俺に気が付いたのか説明してくれる。


「ああ、これはマジックバックよ。容量が決まってるけどその中ならなんでも入るの。結構便利よ」

「へえー。いいですね」

「でしょでしょ!すっごくデザインが好きでね!ちょーっと高かったけど買っちゃったのよねぇ」


 片付けを終えて、フード付きの長いローブを脱ぐと、ワンピースを着た、くるくるとした藤色の髪の毛をまとめて右側に垂らした赤がかった紫の目の女性が顔を出す。垂れ目に泣きぼくろが特徴的な、ゆるふわ美人が口を開いた。


「あら、見惚れちゃった?」

「美人ですね、占い師さん」

「キイツお姉さんでいいわよ。そんなあなたも相当な美人よ。ユツキ君?」


 キイツお姉さんに名前を呼ばれ、疑問に思う。俺は彼女に名前を名乗っただろうか。


「名乗りましたっけ?」

「ううん、聞いてないわ」

「じゃあどうして?」

「内緒よ。その方が面白いでしょう。それじゃあ、またね」


 質問に答えることなく、しい、と人差し指を口に当てるジェスチャーをした彼女は鮮やかに笑って、スカートを翻し広場とは逆方向の小道へと去っていく。


「うっわー」


 俺は赤くなった頬を隠すためにしゃがみこむ。冷静になるまで、誰もこの広場に来ないことを祈った。


[tips]所持金のGは金貨のゴールド。


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