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無銘の薬師と友のいる日常

過去書いていたVRMMOものを大幅にリメイクして書き直しました。前作とはちょっと違う樹の日常をどうぞ。


 獲物に気づかれないよう、木の葉の残る梢を利用して身を隠す。狙撃の足場にできる太い枝はこれ一本だ。

 じりじりと角が長く伸びた鹿が、ポイントに来るのを待つ。俺がポイントとしているのは、奴のおやつである極めて稀な薬草、白融草のある場所だ。数回の調査で、あの角長鹿は俺が見張っているポイントの白融草を食べに来ることが分かっていた。

 警戒心の強い角長鹿と戦ったものの、数回逃げられた上に白融草は踏み荒らされてしまったため、4回目の挑戦となる今回は奴に見つかる前に狙撃することにしたのだ。

 ゆっくりと弓を引く。角長鹿は周囲に敵がいないか警戒し、白融草を食みだす。警戒が緩みだした。今だ。

 逃げられないように足の近くを狙って、矢を放つ。奴が逃げる前に弓を背負いなおし、俺は木から飛び降りてメイン武器である扇を開く。

 逃げられないことを悟ったのか、角長鹿の方も応戦する構えだ。初手はその立派な角による突き上げ。

 角長鹿は足を怪我しているため機動力がない。斜め前にずれることで躱す。そして俺が横についたことで無防備になった奴の胴体を開いた鉄扇の天で切りつける。鹿はそれだけで倒れた。胴体を攻撃した際に出血ダメージが入ったのか、周囲の草木には血のエフェクトが飛び散っている。

「もしかしてこれでなんとかなるか……?」

 白融草にも血がかかっていた。白融草を恐る恐る摘み取ると、それは融けて消えることなく、手の中に残る。

「やった、これで材料が揃う」

 俺が今読んでいるレシピの材料が白融草と突き止め、採取しようとしたら、手の中で融けて消えた時の失望感はひどかった。採取の方法を探して図書館へ聞き込みへと試行錯誤した結果が、白融草を好む角長鹿の血を浴びたものなら採取できるという噂だった。

 角長鹿は基本的にプレイヤーを見つけ次第逃げるため、今まで薬草採取には必要ないと見逃していたけれど、それがいけなかったらしい。

 奴を倒すまでが長かった。後は街に帰って作るだけ。白融草を採取して、オウニムの街に戻る。



 

 オウニムの拠点、プレイヤーホームでもある俺の店に入ると、店内のカウンターの前に丸椅子を置いて雑談に勤しむ眼鏡とローブ姿の青年がいた。俺が店の扉をあけたことで入店のベルが鳴ったため、彼はひらひらと手を振る。

「ユツキくんおかえりー」

「ラジャン、来てたんだ。まだ要望の品は出来上がってないよ」

「ああ、いいのいいの。僕も気分転換に来たところだし。というかユツキくん図書室作ろうよ、ユツキくんの蔵書読める場所が欲しいよ」

「うちに入り浸る奴らが増えるからヤダ。ラジャンが作ればいいのに。世界観系の情報屋なんだろ? 俺よりたくさん歴史書だとか魔術書だとか持ってそう」

「いやいや、僕プレイヤーホーム持ってないからそんなに数は持ってないよ。手放してもいい本はユツキくんのところの3階に譲ったでしょ」

「あれダブリじゃなかったのか……」


 先日格安でラジャンから手に入れた本は結構いいものだったらしい。まだ読んでいないから楽しみだ。しかしまあ、そういわれてしまえば茶のひとつでも出さないと。

「はいはい。中で茶を出そう。テラスでいいか?」

「3階は?」

「ラジャンはあそこ図書館だと思ってるからダメ。たまには日干ししたら」

「そんなに室内に籠ってないって。ゲーム内の知識集めって結構フィールドワークなんだよ?」

「今ならハーブティーが付くけど?」

「テラスに行くね」

 ラジャンが飲物につられて頷いたので、俺はカウンターの奥で店番をしており、ラジャンの雑談に付き合わされた店員の少年にもリクエストを聞くことにした。

「ただいま。店番ありがとう。セイルも何か飲むか?」

「おかえりなさい。そうですね、同じものでお願いします」

「はーい、後で持っていく」


 ラジャンを連れて、カウンターの奥に設置してある扉をくぐる。店と扉を隔てた奥は、廊下と物置だ。細長い廊下の先には階段があって、2階へとつながっている。うちの庭は道に面している建物の後ろにあり、ちょうど店の2階が庭と同じ高さだ。このおかしな立地のおかげでこの物件は3階建てにしては周囲の物件より安かった。

 ラジャンを庭のテラスデッキに案内し、キッチンへと茶を淹れに行ったところで、下からセイルの声がする。

「ユツキさーん! 広瀬さんも来ました」

「いや、只の買い物だから、わざわざ呼ばなくても!」

 焦る青年の声がした。友人である広瀬は戦闘狂ゆえにあまり町では会わない。久々だし、広瀬も茶に誘おう。

「今行く!」

 階段を駆け下りて店の方に出ると、金髪碧眼のシンプルな装備の剣士が清算をしていた。

「広瀬、久しぶり。ラジャンも来てるから広瀬もどう?」

「……そうだな、久々だし、世話になる」

 広瀬は少し迷ったものの、他に用事はなかったのか誘いに乗った。しまった、茶を淹れる湯が足りないかも。


 広瀬も外へと案内し、キッチンに戻って湯を沸かしなおす。ハーブティを入れて先に店のセイルに届けてから俺もテラスに出ると、テラスの小さな丸テーブルの上に隙間なく本を広げ、2人が世界観について話し合っている。

「机空けて、茶零れるよ」

「あ、ごめーん」

 ラジャンがバックに本をしまった後、俺はお盆で運んだカップを並べて、ポットからハーブティをサーブする。

「茶菓子はこれだ」

 広瀬はバックから紙で包装された焼き菓子を数個取り出す。俺もありがたくいただいた。

「あ、これウィートシアの人気の焼き菓子だね」

「さすがラジャン、よく知ってるな」

「情報屋だからねー」


 ゲーム内の知識に惹かれた者たちの茶会だ。ゆっくりのんびりという空気もなく、菓子を食べ終え早々に机の上にはラジャンの本が並ぶことになったのであった。



こんなノリにたどり着くように書いていきます。

本話はあとの方の話の設定をチラ見せ。次から本編が始まります。

この話に出てきた広瀬とラジャンは2章から登場なのでまだ当分出番が先ですね。

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