7 誕生日デートの誘い
私が泣き終わるのをじっと待っていてくれたヴァンツァーは、手袋をハメ直すとポケットチーフを渡してきた。
「鼻をかむといい」
「そこは涙を拭くじゃないのね……」
どこまでも実用一辺倒な感じというか、必要な事があまりに正確に分かるところは、デリカシーに欠けると思う。
私はさすがに鼻はかめないので、垂れてきそうな鼻水はペーパーナプキンで横を向いて拭いて、ハンカチで涙を拭った。洗って返すわ、と言って預かったそれは、無地の絹で、刺繍でもして返そうかしらと思った。暫くしてないから、何か簡単なものになるだろうけれど。
「なぁミーシャ。明日は誕生日だろう? まだ夕方から領民の出入り自由なガーデンパーティーをやっているのか?」
「そうね。私は社交界を避けて生きてきたから、今も年に一度のお祝いはそれよ」
ヴァンツァーの問いかけに首を傾げながら答えると、彼は口許を抑えて少し考えた。
「では、パーティーに間に合うように帰るから、明日の10時からデートに行かないか」
私はポカン、としてヴァンツァーを見詰めてしまった。
あのヴァンツァーが……いえ、むしろ、このヴァンツァーが、デートと言った? 聞き間違いじゃなく?
この表情筋が全て死んだようになって帰ってきた彼が、デートのお誘い?
「…………くわ」
「ん?」
「行くわ! 10時ね? どこに行くの?」
「あぁ、うちの街を見て回ろうかと……」
「分かった、動きやすくて目立たない格好ね。領主様だもの、街を見て回るのは良い事だわ」
私が勢いよくまくしたてたものだから、ヴァンツァーが今度は黙ってしまった。
彼はまた、静かに頷く。
「では、10時に迎えにくる。俺も目立たない格好にしよう、屋敷に揃えられていた服はこんなのばかりだったから何か適当に使用人に服を借りるか」
それはちょっと無理がある気がする。とは、言わなかったけれど……。ヴァンツァーは上背も高くて肩も広いし胸も厚い。脚も長いし、果たして使用人の服で着丈が合うだろうか。おへそが出てしまわないかな? そしたら笑ってしまうだろうな。
想像だけでも笑えてしまって、それを堪えて私は咽せてしまった。大丈夫か、と抑揚のない声で尋ねられたから、大丈夫、と胸を押さえて答えた。
明日どんな格好できても、笑うのはやめよう。そしてできれば、少しだけかっこいい格好で来て欲しい。
少しずつヴァンツァーとの時間が戻ってきた感じがする。
私はそれが嬉しくて、ずっと待っていた相手が私の願いを全部叶えてくれた事が、とてもとても嬉しくて。
「ありがとう、ヴァンツァー」
心から、そう思って、笑顔で彼に告げた。
無表情なヴァンツァーは少ししてから視線を逸らし、椅子の上でもぞりと座り直す。照れているようだ。
表情はどこに置いてきたのかは分からないけれど、彼の感情はそこにあって、私はそれを感じる事ができる。
その後は、少しだけ冒険者時代の話をしてくれた。どんな魔物を倒したとかの過激な話ではなく、どんな冒険者がいたのかとか、どんな武器屋の店員だったのかとか……ヴァンツァーは一人で出て行ったけど、一人では無かった。
私は、それが嬉しかったし、少しだけ自分が恥ずかしかった。