3 見知らぬ騎士の侵入
「お嬢様、大変です! 領内に流浪の騎士が現れたと……冒険者証を持っていたので通したらしいのですが、黒いフルアーマーで顔も見えず、お屋敷の方に黒馬で向かっているとの事で、関所の門兵が早馬を飛ばして来ました……!」
「お父様はまだ首都からの帰り道ね……、いいわ、私が応対します。暴れ回っている訳でも無いのだし、そんなに慌てなくても大丈夫よ」
サリーを宥めながらも、私の心中は穏やかでは無かった。
屋敷には私兵もいるし、馬に乗っているとは言え数で勝るこちらが危ない目に遭うことは無いはずだ。それに、襲撃をかけるならわざわざ門を通る必要はない。
屋敷と領内で栄えている街は反対方向だ。真ん中は堂々たる田畑で、馬車で1日の距離がある。
そんなに大きな領ではないけれど、冒険者ギルドもあるし、魔物から田畑や家畜を守ってくれる冒険者は街では歓迎されている。なのに、なんで屋敷に? と、不安になる。
サリーはもっと不安だろう。私が弱気を見せるわけにはいかない。私兵に武装と警護をするように伝えさせて、私は見知らぬ騎士を迎える支度をする。
いち冒険者であるのなら、冒険者家業をやめて我が家の私兵になりたいと言う可能性もある。
怪しいというだけで罪人では無いのだから、と私は深呼吸をして侍女に来客用の装いにしてもらい、きっちり髪も結い上げた。
女の武装は見た目だ。侮られては話にならないのは、お父様の後ろで微笑んで立っている時に嫌という程学んだ。
こちらの顔色を読ませず、簡潔に話を進める。強引にも卑屈にもなってはいけない。女は度胸! と心の中で唱えながら、私は唇に紅を引かれて一階で到着を待った。
屋敷の門、エントランス、庭に、部屋の中にも兵を配置して、来客の体なのでお茶も用意する。
今ここの責任者は私だ。怖がってはいられない。
「お嬢様……、お客様がお見えです」
サリーが青褪めた顔で私に告げる。
そんなに怖いものなのだろうか?
「お通ししてちょうだい」
「そ、それが、長旅で汚れているから中に入るのは遠慮したいとの事で……それも、旦那様ではなくお嬢様に用があるという事なんです」
「……分かったわ。ついて来て」
サリーの疑問と恐怖の入り混じった声の取り次に、私は兵を引き連れてエントランスを出た。
大きな黒い馬の首を撫でながら、黒に金の縁取りの全身鎧の騎士は確かに強そうで、怖い。背も見上げるほど高い。
軽武装の兵士たちも多少怯みつつ、黒騎士の周りを距離を空けて取り囲んでいる。私の後ろにも5名の兵がいる。
(ヴァンツァーの馬鹿……、なんで貴方のことを考えた時に、守りに来てくれないの)
毅然とした態度で庭で黒騎士に向かい合う距離まで近づくと、黒騎士は片膝をついて私に最敬礼した。
「?! 私はジェニック領の現在の責任者です。あ、貴方は何者ですか? 用件は何でしょうか」
驚いて少しどもってしまった。声も上ずる。こんな立派な騎士が流浪の冒険者というのも怪しい。これはサリーも怖がるはずだ。
だが、とても礼儀正しく礼をした彼は、膝をついたままくぐもった笑いを溢した。
「……ジェニック。そうか、まだ、ジェニックでいてくれたのだな」
「はい?!」
「分からないか? あぁ、そうか……兜を被っていては分からないな」
流線型の美しい身体に沿うようなデザインの黒騎士の鎧は、それだけで一財産築けそうな見るからに高価なものだし、馬だってどう見ても名馬だ。力強い脚に、毛艶の良い大きな馬体をしている。金に困って雇われに来たとは思えないし、ますますよく分からない。
黒騎士は顎の辺りを緩めると、兜を取った。
兜に収めるために長い直毛の黒髪を結い、顔に少し痛そうな傷跡があるが、鼻筋が通っていて理知的で切長な黒い瞳の、若い男性だった。
「ミーシャ」
表情も無く、彼は私の名乗っていない名前を呼ぶ。冷たく見据えられている筈なのに、瞳はどこか和らいで見える。
その呼び方には、覚えがある。ちょっとだけ語尾が優しくなる、私の手をいつも引いてくれていた、あの幼馴染。
あの時のように笑いかけてくれている訳でもない。だけど、面影が重なってしまえば、それが誰だかは一瞬で分かった。
「ヴァン、ツァー……?」