15 「おかえりなさい」
ヴァンツァーは3週間帰らなかった。
国の災厄である晩秋のドラゴンを倒した英雄であり、騎士、そして男爵として叙勲されたばかりの彼は国王陛下の覚えもめでたく、今回の件の犯人を告発した。
男爵ではあれど、これだけの功績をあげたヴァンツァーの訴えは無視できない。
また、お父様も報告を聞いて愕然としていた。
私が一番最初に開いた釣書の男性——ルッテンベルグ侯爵の嫡男が、今回の犯人だった。
まずは傍系に当たるラミール子爵の手の者にゴロツキを雇わせ、わざわざこんな田舎に向かわせて私を誘拐し、名義を貸しのある商人の名前で買った屋敷で私を手籠にして、既成事実を作る。……それから、子ができた私を、社交界を避けていたのだからと自分と結婚し身籠ったという事で、出産の後お披露目する算段だったという。
女と金にだらしない、と意訳すれば釣書に書いてある男性だが、誰がそこまですると思うだろうか。
彼にとって私は噂の深窓の令嬢で、トロフィーとしてふさわしく、爵位からして既成事実を作ってしまえば逆らえないと思ったようだった。
この詳しい報告は、翌日兵士からの報告を聞いて慌てて首都に向かったお父様からの手紙で知った。
ヴァンツァーは単騎で屋敷に乗り込み本気で一族郎党を殺す気だったようだが、慌てて追いかけたお父様が止めて国王に進言するようにと言い諭した。
そして、陛下は裁判を開く事に決め、それは最優先事項として進められた。
ヴァンツァーという男の価値と、侯爵家という高位貴族の嫡男の行い、裏付けを取り、判決はあっという間に決まった。爵位と領地の没収、財産までは取り上げなかったが、夜逃げするようにルッテンベルグ邸は空になり、売りに出された。
陛下は、そのままヴァンツァーにルッテンベルグ領を授けようとしたが、ヴァンツァーはそれを固辞した。私と離れた場所に行くのは嫌だと言って。
その流れで何故かお父様がルッテンベルグ領を受け取ることになり、我が家の領地をヴァンツァーの領地と合わせて一つの領にすることになった。
釈然としないようだったが、ジェニック領と名を改めるなら、とヴァンツァーはそれを受け入れた。
彼は一度決めたことは必ず守る。帰ってくると言ったら帰ってくるし、帰ってきたなら私を幸せにする為に最大限努力する。
2つの領が合わさって広い領地の運営をする事になったヴァンツァーも、侯爵家の飛び地になっている領地を賜ったお父様も、揃って帰ってくるようだった。
悪辣な犯罪に最初は眉を顰めて読んでいた私だが、最後の方は何の喜劇だろうと笑ってしまった。
今後の領地運営の手腕次第では、お父様は侯爵になるかもしれないという事だった。お父様は仕事もできるし社交性もある。後継も育てているし、きっとうまくやるだろう。
救国の英雄騎士とはいえ、そうなってからだとヴァンツァーの元に嫁ぐのが難しくなる。私は、早く帰ってきてほしいと思いながら手紙を閉じた。
聞き慣れた馬車の音がする。それと同じく、力強い馬の嘶きが聞こえた。
お父様とヴァンツァーが帰ってきた。
私は急いで階下に降りると、お父様には心の中で謝って、馬を降りたヴァンツァーに飛びつくように抱きついた。
「おかえりなさい、ヴァンツァー」




