14 胸が締め付けられる
パーティーが終わり、寝支度を整えた私はお父様の部屋に向かった。あまり淑女が寝巻きで部屋の外を歩くものではないが、これだけは今日のうちにお父様に話さなければいけない。
寝室を尋ねたら、執務室にまだいるという。こんな遅い時間に? と思いながら私は執務室を訪ねた。
「お父様、今日はありがとうございました。それで、お話が……」
「聞いている。ヴァンツァーが教えてくれた……今、やらかしそうな者を私も洗っている所だ」
「……ヴァンツァーが?」
私の訝しげな声にお父様が違った目で見ていた釣書の山から顔を上げる。
険しい顔をしていた。同時に、悲しい顔でもあった。
「私もお前の噂を独り歩きさせたままにした責任もあるが、ヴァンツァーは本気でそいつを……、どうにかする気だ。俺の領地で起こったことだから全面的に任せてほしい、と言っていた。が、私も可愛い娘のお前が誘拐されかけたと聞いて何もせずにはいられまい」
私を咎めることもなく、お父様は自分の行いを悔いながら、犯人の洗い出しに励んでいた。
隣の領から、明日取調べの結果がくるはずだ。そんなに必死になって調べなくても、と思って、だけどなんと声をかけていいのかは分からず、その姿を見つめる。
「……ヴァンツァーが冒険者になると言って出て行く前日、あの子は私に言った。ミーシャを幸せにする男になって帰ってくる、と。必ず、帰ってくると。……ただ、ミーシャには言わないでほしいとも言われた。あの子は、これと決めたら必ずやり遂げる子だった。……だが、お前も知っているだろう? ヴァンツァーは有言実行するが、目的を達した後の事が苦手だ。私は彼が動くなら、それをサポートせねばならん」
お父様も、子供の頃から私がヴァンツァーが好きで、出て行ってからも好きで、待っていた事を知っていた。
そして、ヴァンツァーの事もちゃんと見ていた。どんな顔で13歳の子の誓いを聞いたのだろう。そして、私は待つことをお父様に『許されて』いた。
見合いの釣書は持ってきても、結婚しろとせっつきはしなかった。こんな相手はどうだ? と勧めても、私が首を横に振ることを責めなかった。
待っていたのは私だけじゃなく、ヴァンツァーは私が待てるようにお父様に誓って出て行ったのだ。
胸が、締め付けられる。狂おしいほどあの人が愛おしい。
躊躇いなく人を昏倒させたヴァンツァーの声は氷より冷たかった。とてもじゃないけど、目を開く事も、逆らう事もできない。
冷徹な騎士となった彼は、肉体の不調で笑えない。そこまで徹底して、己を鍛え、挑み、勝って力をつけて帰ってきた。
——私を幸せにするために。
お父様もお父様だ。今日まで黙っておくなんて。こんなことにならなければ、きっと聞くことの無かった過去。
「お父様、もう休みましょう。明日、報告が来ます。……ヴァンツァーの後始末は、私も一緒に手伝いますから」
「ミーシャ……」
「お願いです。ヴァンツァーと、……頼りないですが、私を信じてください。私はヴァンツァーに守られています、……帰ってきたら、この先一生を、彼と共にするお返事をするつもりです」
プロポーズの返事は、保留。でも、予約と言って渡された指輪は、あまりに私にピッタリすぎて……、この指輪を予約ではなく婚約指輪として渡したかったに違いない。
「ミーシャ……、決めたのか。ヴァンツァーは、確かに素晴らしい青年だが……」
「決めました。彼が、私以外にどうであっても、一度決めたことは守る人です。私を幸せにすると決めたのなら、絶対にそうしてくれます」
「そうか……。ふぅ、まったく、お前たちは頑固だな」
「約束を守ることくらいは、私だってしますよ。さぁ、寝ましょう。明日は忙しくなります」
そう。せめて、何もできないミーシャから、一歩ずつ進まなければ。




