10 世界に一つだけの指輪
「失礼します」
「あぁ」
ドアを開けて身なりの整った店員が、商品に直に触れないよう白手袋をして黒い天鵞絨張りの箱を持ってきた。白金の縁に留め具がついた、小さな箱だ。
私は不思議そうにそれを見つめる。ヴァンツァーのタイピンでも入ってるのかな? と思っていたら、目の前のソファに座った店員が箱の蓋を開けた。
中には白い金属の指輪が収まっていた。白金よりももっと白い、だが、安っぽさはない。シンプルな指輪で石も嵌っていない。
ヴァンツァーの指に嵌めるには小さいし、私の指には大きい品だ。誰用だろう、とヴァンツァーを見ると、私の右手を取って、その指輪を薬指に通した。
「え?」
「プロポーズの返事は貰えていないが、ミーシャを予約したい」
だから、これを作った、と言っているが、サイズなんて教えたこともない。
が、指輪は私の指に通るとぴったりのサイズにしゅるんと収まった。
驚いてまじまじと指輪を眺めていると、店員が説明を始める。
「これはドラゴンの鱗を鍛えてから精製したものです。ドラゴンは転変……人の姿であったり、動物の姿であったり、姿を変える生き物なのですが、その性質からドラゴンの素材で作ったものは装着者の身体に合わせて変形するのです」
それだけに高価であり、防具などに回されるはずのその素材を、隣の男は指輪にしてしまったらしい。
いや、鱗の1枚くらいならいいかもしれないけれど……怖くて値段は聞けない。それに、誕生日プレゼントには高すぎる。
「あの、ヴァンツァー……」
「予約の証だ、誕生日プレゼントは別にある」
「……」
無駄だ。これと決めたらやり遂げる男に、何かを説くという無駄はしない方がいい。
私たちはまだ婚約者でもない。店員は微笑ましそうに見ているが、まったくもって恥ずかしいことをしでかしてくれる。
ヴァンツァーはその時の精一杯を私にくれる。この指輪が彼の今の精一杯なのだとしたら、すごく遠くに感じる。
私はヴァンツァーに何を返せるだろう。何も成していない私から、ヴァンツァーに返せるものなんてあるのかな。
指輪はとても軽くて、邪魔にもならず、綺麗だ。
だけど、その軽いはずの指輪が重い。
ヴァンツァーは腕を失ってまでドラゴンを倒した。小さい頃の私の涙のために、約束のために。自惚れではなく、ヴァンツァーは私のためにやってくれた。
私はまだ、突然出て行って帰ってきた、変わったヴァンツァーについていけていない。
隣に立つのが恥ずかしいくらいだ。彼にこんなに尽されるほど、私の価値はあるのだろうか?
指輪を見たまま沈黙した私を促して、ヴァンツァーは店を出ようと言った。
「あ、あのね、ヴァンツァー」
「ん?」
「ありがとう……、嬉しくて、どういう顔をしたらいいのか分からなくて。でも、ありがとう」
私の照れた様子に、ヴァンツァーは何も言わず頭を撫でた。
彼が私の頭を撫でる時は、必ず右手だと、ようやく思い至った。




