5 両目と思しきものが点滅している
一昼夜歩いても水場には着かなかった。
道中は大した出来事もなく、幾つかの果実と杖代わりの木の枝を手に入れたぐらいだ。
その夜も木に登り、右手をしっかりと固定して眠りについた。
その翌日。
前日と同じように果実を採取しながら歩く事数時間。
おそらく昼過ぎあたりに、小川に辿り着いた。
この三日間の心身にわたる疲労のせいか、水の気配など気づくはずも無く、いきなり目の前に小さな川が出現したようで驚いてしまった。
3メートルほどの幅しかないその川を流れる水は透明でそれなりの早さの流れがある。
川岸のようなものは無く、地面がいきなり苔むした岩や石になり、少し段差があって川になっている。
僕はゆっくりと近づいてひざまづき、両手を川面に差し伸べる。
ガントレットに覆われた右手は水の流れしか感じないが、剥き出しの左手は、水そのものを感じている。
ひんやりしたその水をすくい、一口飲んだ後、ばしゃりと顔にかける。
左手で手荒に顔を洗うと気持ちが落ち着いた。
気が抜けたその瞬間を待っていたかのように背後で物音がした。
僕は慌てて振り返り、迫りくる影に向かって、右手を差し出した。
影は右手のガントレットに食らいつき、僕と影はその勢いのまま川へと倒れ込んだ。
幸い川は浅く、右手を引っ張られながらも僕は立ち上がった。
激しく水を叩きながら食らいついているのは、犬のような形をした何かだった。
僕の右手を咥えながら唸り声を上げる長い口。
頭の上にピント経つ二つの三角。
力強そうな四本の足。
水面を叩く鞭のような尻尾。
しかしその全てが金属でできていた。
部分部分を覆う曲線を描く滑らかな外装。
その下に覗く、シリンダーや歯車状の機械。
ファンタジーがいきなりサイエンス・フィクションになってしまった。
いや、サイエンス・ファンタジーか、あるいはスコシ・フシギ、という可能性もあるかも。
などと考える余裕があったのは、メカ犬があまり激しい動きをしなかったからだ。
引っ張る力も大して強くない。
僕はメカ犬の引っ張る動きに対抗しながら、タイミングを見計らって、急に思いっきり振り払った。
メカ犬の顎が右手から振り払われる。
ずぶ濡れになりながら立ち上がるメカ犬の動きはどこか弱々しく感じる。
両目と思しきものが点滅している。
何か意味があるのでは無く、まるで切れかけの蛍光灯のようだ。
「無理せず巣に帰った方がいいんじゃない?」
と声をかけながら、僕は腰を落として構えた。
メカ犬が飛びかかってくるり。
その動きは俊敏であったが、僕にははっきりと見えていた。
首の部分を下からアッパー気味に打ち込んだ右手で捉える。
そのまま再度僕とメカ犬は水面へと倒れ込む。
倒れ込みながら、右手に力を込める。
金属が押し曲げられ、細い鉄管の幾つがひしゃげる。
メカ犬の目の光が完全に消える。
「なんだこりゃ」
とにかく助かったようで、僕は川の中で大きく息をついた。
そしてメカ犬を掴んだまま川から上がった僕を待っていたのは、一人の少女だった。