4 その甘さに涙がこぼれた
吹き飛ばされた驚愕。
衝撃による痛みは、その化け物の咆哮の後にやってきた。
熊のような肢体の上に載っているのはワニのような狼のような顔だった。
巨体を支えるその足は太く短く、その腕は拳が地面に着くほど長い。
あの腕にぶん殴られ、ここに飛ばされたのかと納得する。
今の僕はセミのように木にしがみついている。
吹っ飛ばされた時に無我夢中で右手の掴んだのが、この木の太い幹だった。
左手と両足はなんとかでっぱりに引っかけて、バランスをとっている。
化物に殴られた背中から激痛を感じる。
奴の手は人間やサルの仲間のような形状で、つまり鋭い爪などは無かった事は幸いだった。
化物は威嚇するように吠えると、その長い両手を伸ばしてくる。
僕はなんとか迫り来る黒い腕から逃れようと、右手を支点に無様な動きで上へと登る。
左手で太い枝を掴むとしっかり抱え込んで、伸び上がるように少しでも上に右手を伸ばす。
手や足のかけやすいデコボコした樹皮を持つ木で助かった。
なんとか化物の手の届かない高さにある枝へと辿り着け、それにまたがるように座った。
化物は吠えながら飛びかかってくるも、巨体と短い足のせいか飛距離は伸びないようだ。
ぼくは安心の吐息を吐き、大木に背中を預けた。
目を瞑ると一気に睡魔が襲ってくるような気がして、慌てて両眼を大きく開く。
睡魔というより、恐怖と疲れからくる現実逃避みたいなものかもしれない。
化物が諦めて姿を消した時にはすでに夜になっていた。
見る限り、聞こえる限り、あの化物のいる気配は無かったが、昂った感情を抑えることができず、小さな物音一つに過敏に反応しながら、それでも寝落ちしてしまった。
人間というものは木の上で寝るようには出来ていないようで、半覚醒ながら何度か枝から落ちそうになった記憶がある。
無意識でも右手がガッチリと樹皮を握っていたくれたお陰で、無事に朝を迎えることができた。
異世界初の目覚めは、小鳥達の声によってもたらされた。
さわやかなさえずりではなく、大合唱だ。
眠い目をこすって見てみると、拳大の果実がたわわに実っていた。
小鳥達が集まるはずだ。
僕は左手を伸ばし、難なくそのスモモに似た見た目の果実をもぎりと取り、ためらいなく口にした。
その甘さに涙がこぼれた。
泣いてみると心が落ち着くようで、出発する決心がついた。
「まあ一生木の上ってのも厳しいもんな」
つぶやきながら、ずり落ちるようにして木から降りる。
その前に何本か枝を揺すって、果実を落としておく。
小鳥達、ごめん。
地面に立つと、全身を調べてみる。
昨夜、化物に殴られたあたりを特に入念に。
結果としては、全く傷がなかった。
痛みなどは、なんとなく右腕や右肩に疲労を感じる程度。
「寝たらHP全快するパターンかな?」
考えても仕方ないので、落ちた果実をいくつかよりすぐって、何とか大きめの葉っぱに包んで、歩き出す。
やっぱり目的地の方向はなんとなく分かる。
なんとなく分かるが、間違っていないという確信もある。