2 名前はカンムリヒカル
鬱蒼と生茂る森に囲まれた小山のような丘の天辺に僕は座っている。
陽光に鈍く輝く右手と見渡す限りの森に何度か視線を彷徨わせる。
「えー。名前はカンムリヒカル。年は20。ついさっき子供を助けようとしてトラックに轢かれた」
うん。
記憶は確かなようだ。
しかし記憶にある、思い出したくない痛みとその原因である怪我や傷はない。
ただし着ていたものはボロボロだ。
ヒーローのエンブレムがプリントされたTシャツは右肩のあたりが破れ、ノーブランドのジーパンは両足とも膝から下が引き裂かれたようにすだれになっている。
スニーカーは擦り傷があるものの破損はないようだ。
見上げた太陽の位置から、今はお昼ぐらいだと思える。
周囲の風景には見覚えがない。
考えるべきことは沢山あるようだが、何から手をつけていいか分からない。
立ち上がって体を動かしてみるが、特に違和感は無い。
軽く屈伸をしながら、そりゃ思考停止にもなるわなと自己分析してみるが、自分が混乱しているのか冷静なのかも分からない。
ふと膝頭に置いた右手の甲が目に入る。
どこか生物的な曲線で形作られたガントレット。
フォルムだけでいうと寸詰まりのアゲハチョウの幼虫のようだ。
丸く盛り上がった手の甲のパーツには四つのガラス玉のような物が並んでいる。
初めて見たときはブラック仮面のブラックガントレットに似ていると思ったが、あれほど攻撃的でスタイリッシュかつチープな感じはなかった。
無骨な実用的な防具の一部という感じだ。
金属質な見た目の割には軽い。
そうなのだ。
まるで違和感がない。
重さも感じないし、右手を握ったり開いたりしても、何もないように違和感がない。
手首を動かすと、ガントレットの可動部の重なり合っているところが擦れて僅かな金属音がする。
「なんなんだよ・・・」
思わず呟いてしまう。
見たことも無い風景。
見たことも無い謎防具。
完治している怪我。
たかだか二十年しか生きていない僕の頭で判断するに、これはいわゆる異世界転移だと思う。
思うことにした。
もしかしたら、本当は病院のベッドの上で意識不明のまま見ている夢の中なのかもしれない。
小学生の時に見た、末期癌でモルヒネを投与されていた今は無き爺ちゃんの姿が頭に浮かぶ。
あの時感じた恐怖が思い出され、僕は頭を振った。
とにかくこれは異世界転移だ。
昔風に言うと神隠しなのだ。
姿形が変わってないから異世界転生ではない。
周りに誰もいないから異世界召喚の可能性も低いと思う。
というわけでステータスオープンなどと言ったり、ゲームなどで聞きかじった魔法を唱えたりしてみるが、何も起こらない。
仕方がないのでその辺のことは置いといて、今後のことを考える。
いつまでもこんな所にはいられない。
できれば人のいる所に行きたいものだがと思い、何か無いかと改めて周囲の森を見まわす。
ん?
何か木が揺れたような。
気になった所を注視してみると視界がぐにゃりと動いた。