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和泉がOLオレンジに変身して行った先は、またしてもスーパーだった。先ほどは店先だったが、今度は店内である。土曜日なだけあって、店の中は混んでいた。レジにも行列ができていた。
食品の冷蔵の棚のところで、小柄の太った初老の男がわめいている。他の客は、買い物をしたくても近づきにくくて、やはり遠巻きにしていた。
この初老の男、どうやら、肉まんの試食をもらえなかったので怒っているらしい。呆れるほどに、考えることが小さい。でも、こういう人物に限って、自分のことを「お客様」と思っていることが多い。平気で「お客様は神様だろう」などと言ってのけるタイプだ。そういう人には、疫病神や貧乏神も神様ですものね、と言ってやりたいものだ。
これから楽しい部屋飲みが待っているから、やはり、さくっと仕上げなくてはいけない。OLオレンジは、ポイントカード手裏剣を繰り出すのをいったん止め、わめいている男の背後に近付いた。
怒鳴られているマネキンの女性が、視線をずらしてOLオレンジを見た。一方の男は、わめくことに一生懸命で気が付く様子もない。和泉は無言のまま、彼の肩をぽんと叩いた。
「なんだっ!」
怒りながら、男が振り返る。すると、OLオレンジのほうが背が高いため、見上げるような恰好になった。OLオレンジは切れ長の目を、まっすぐに男に向けた。それに、一瞬ひるんだらしい。
だが、すぐに男の怒りがぶり返しそうになる。気の弱い犬ほどよく吠えるものだ。とは言え、吠えつかれたところで、動揺するような彼女ではない。
でも、いったん吠えだした犬は、吠え終わるまでに時間がかかる。そんな暇はない。何よりも部屋飲みが優先であり、和泉はキッチンを任されている立場なのだ。
迷わずに、OLオレンジは一歩踏み出した。
「あなただけに良いことをお教えします」
「は?」
男だけでなく、マネキンの女性もいぶかしげな顔になった。
「急に何だよ。訳わかんねえこと、言ってんじゃねぇ」
男のやぶにらみにも、OLオレンジは屈しない。
「良いから、耳を貸してください」
OLオレンジの切れ長のクールな目が、一寸も動じない。かと言って、威圧してくるというのでもない。不思議な包容力すら感じる。男は何かにひきつけられるようにして、大人しく耳を貸した。その耳に向かってOLオレンジは囁いた。男の目の色が変わる。怒りの色が、だんだん薄れていく。途中、「でも……」と何かを言い返しそうになった。そこへ、さらにOLオレンジが言った。
「おぉ、そうなのか!」
男がいきなり声をあげた。
「あんた、正直だな!」
そう言うと、男は笑いながら売り場を歩いて行った。冷蔵ケースの中にある品物を手に取り、迷うことなくカゴに入れ、ご機嫌のまま歩き去った。
必殺技のポイントカード手裏剣を披露するまでもなかった。
必殺技をしかけるまでもなく、吠えまくるカスハラじいちゃんからマネキンさんを助けたOLレンジャー!
はたして彼女の手口とは……!




