76
残されたふたりは、両手に荷物をぶらさげてマンションに向かった。フルボトルのワインやチーズなどを買い込んだため、けっこうな重量なのだ。でも、タクシーに乗るほどの距離でもない。
「ねえ、三樹ちゃん。ちょっと変なこと聞くかもしれないんだけど」
さくらが思い出したように言った。荷物の重さに耐えながら、寡黙になっていた三樹は、
「なに?」
とだけ答えた。
小柄なさくらが、両手に荷物をぶら下げて、今は少し俯いている。髪が頬にかかって、どんな表情をしているのかが見えなかった。若者の二人組がすれ違って、少しだけ振り返り、また歩いて行った。
「その、桐生さんて人と、ほんとに付き合ってるんだよね」
予想もしていなかった問いかけだった。どうして、そんな疑問を抱くんだろう。三樹は驚き、ほんの少しだけ腹が立った。
「え?急に何言ってんの?そうに決まってるじゃん」
思わずムキになって答えてしまった。キツイ言い方をしてしまったと、慌てて笑おうとするが、うまくいかなかった。向こうから歩いてくる若者たちが、さくらに気が付いて何か言い合っている。さくらは気にもしない様子で黙っている。
桐生とは付き合い始めたばかりだった。このことに何か疑問を持ったことはない。隣を見るが、相変わらずさくらの横顔は髪に隠れている。何を考えているのか分からなかった。
(たしかに、さくらみたいに、いろんな人と付き合ってきたわけじゃない)
三樹は心の中で呟いた。だからって、そんなことを聞かれる筋合いはない。恋愛に関しては経験が上だからとか言われたら返す言葉もないけど。でも、経験の数とかが問題ではないはずだ。
「ね、どっちから……」
さくらが急に言った。頬に落ちた髪を払うようにして、顔を上げ、
「どっちから付き合おうって言ったの?」
さくらの瞳がキラキラしている。好奇心に満ち溢れているみたいに見える。いつもの、彼女の表情のように見えた。
「え?」
三樹は言葉につまった。ごまかすみたいに、口をとがらせて言い返す。
「それって、そんなに聞きたいこと?」
「聞きたいよう!当たり前じゃん!」
さくらの声が弾む。
「ねえねえ、どっちどっち?言われたの?言ったの?」
三樹は考える。どっちだっただろう。
「最初は、向こうから飲みに行こうって言われて……。何回か一緒に食事に行って、その流れでって言うか……」
「えー?そうなのぉ?」
頷きながら聞いていたさくらが、急に声を上げた。三樹は照れくさくなり、思わず言い訳をするような口ぶりになった。
「ま、今も一緒にご飯に行ったり、ちょっと飲んだりするだけなんだけどね……」
「えー?そんなの、良いんだよう。人それぞれなんだから!でもでも、なんだか、三樹ちゃんらしいね。いいな、いいなー。なんか、ほんわかしてて。それでさー、桐生さんて、三樹ちゃんにさー、好きだよとか言うの?」
「はっ?」
三樹が目を真ん丸にした。
「かわいいとか、言われる……」
三樹の声がどんどん小さくなり、しりすぼみになって消えた。
「やだもー!」
さくらが三樹に体当たりした。荷物を持っているので、ちょっとよろめく。
「危なっ!」
三樹の言葉を、さくらは気にも留めない。
「三樹ちゃんたら、照れちゃって!それで?三樹ちゃんは?桐生さんに、好きとか言わないの?えー?言えばいいのに!言っちゃいなよお!」
三樹は顔から火が出るほど恥ずかしくて、何も言い返すことができない。
気が付けば、お洒落な建物の前に来ていた。これまで、何回も訪れたことのある、さくらのマンションだ。もはや、道を覚えてしまっているので、さくらがいなくても来ることができる。その建物の前に見覚えのある人影が、と思ったら和泉だった。
「あれ?早いね、いずみん。お疲れ様」
さくらが声をかける。その手から荷物を受け取りながら、
「瞬殺でした」
と、和泉が答えた。そのメガネがキラッと光る。和泉が言うと「瞬殺」という言葉も冗談に聞こえないのだった。
女子会の現場となる、さくらのマンションに集合した三人
和泉はOLレンジャーとしての出動先で、どのような活躍を見せたのか……!
それはこの次のお楽しみ!




