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買い物が終わると、荷物が多いのもあって、下北沢のさくらのマンションに行くことになった。途中で買い出しをして帰るのだ。
電車に乗ると、三樹を真ん中にして、三人は並んで座った。三樹は、すぐにスマホを取り出した。実は、それまでもトイレに行ったりするたびに、スマホを取り出して桐生からメッセージが来ていないか確認をしていた。
そのたびにがっかりしていた。
今日は、一度やり取りがあったきりだった。米いちゃもん男のところに、OLレンジャー三人で出動した時だ。思い出しただけで、顔がにやついてしまう。まさに恋人同士といった感じの、それは甘ったるいやり取りだった。
「メールですか?」
和泉が横から言った。三樹が振り向くと、少しだけこちらを向いていた。スマホを覗き込んでいる様子はない。
「来てない」
三樹が答える。その言い方に物足りなさがにじむ。
「そうですか」
和泉は前を向いた。そして静かに言った。
「きっと、友達と会ってるからと気を使って、メールを送るのを控えてるんでしょう。そんなふうに大人の対応ができる方なんですよ」
「そうだよね」
頭では分かっても、やっぱり少し寂しい。付き合い始めというのは、もっと楽しくても良いのではないだろうか。でも、和泉が言うように、大人の対応なのかもしれないと、三樹は自分を納得させるようにスマホを仕舞った。
その隣では、さくらがニコニコしながらメッセージのやり取りをしている。あれだけ歩いたのにも関わらず、少しも疲れている様子がない。アスリートか。そう思っていると、
「ね、せっかくだからワイン買おうよ。おいしいチーズも食べたいね!」
と、急に振ってくる。突拍子もない。でも、三樹が何かを答える前に、スマホの操作に戻ってしまう。どれだけマイペースだ。
「お腹がすきました」
和泉がぽつりと言う。こっちもマイペースだ。
「そうだよね!いっぱい歩いたもんねー!」
さくらが答える。その手の中のスマホが短くバイブする。さくらがメッセージをチェックしている。なんとも、ゆるい空気だ。そうこうしているうちに、電車はゆるやかに減速をして、下北沢駅に到着した。
駅を出ると、こちらもたくさんの人出だ。待ち合わせをするカップルや、わいわいと駅の階段を下りてくる若者のグループや。活気に満ち溢れている。同じ沿線でも、降りる駅によって街の雰囲気は全く変わってくる。
三人はスーパーに立ち寄って買い物をした。和泉がカートを押しながら歩き、さくらが隣に並んだ。和泉がさくらの部屋の冷蔵庫の状況を確認し、さくらがニコニコと答えている。三樹はその後ろをぶらぶらと歩いた。たまにスマホが鳴っているような気がして取り出すが、気のせいだった。
「大人の対応ができる方」と和泉が桐生を評価して言っていた。
となれば、自分も「大人」にならなくちゃいけないんだろう。「大人」って何なのだ。分かるようで、よく分からない。
ワインのコーナーで、さくらが立ち止まった。
「ねえねえ三樹ちゃん」
さくらが呼ぶので、三樹も輪に加わった。たくさんある種類の中から、和泉が考えている料理との相性やら、ラベルの雰囲気やらで決めていく。ワインのほかにビールやチューハイなどをカートに入れていく。だいぶ荷物が増えた。それも、けっこう重たい。
会計を済ませると、和泉とさくらがどんどん袋につめた。大人のやりとりについて、三樹はまたぼんやりと考える。それは、我慢をするということなのだろうか。
三人は荷物をぶら下げて、さくらのマンションに向かった。マンションは駅から、そう遠くないので、頑張って歩いて、もっとお腹を減らそうという作戦だ。遠かったら迷わずタクシーにするところだ。
その時だ。
三樹のピッチが鳴った。久々の、いやな感じのバイブ音である。こんなタイミングで、OLレンジャーの招集だ。しかし、当の三樹は両手に荷物を持っていたため、唐突に鳴り出したピッチを取り出したくても取り出せない。買い物袋の取っ手が指にまとわりつく。
「大丈夫?」
「ちょっとキツイ」
などとやり取りをしているうちに、三樹のピッチが静かになった。
すると、当然のように、和泉のピッチが鳴る。このピッチを鳴らしている「誰か」は、三人が一緒にいるとは知る由もないのだから。次に呼び出されるのが自分だと分かっていた和泉は、すでにピッチを取り出していた。
「出なくても良くない?」
さくらが肩をすくめた。
「だってほら、みんな荷物がすごいし」
「じゃ、これを」
和泉が手に持っていた荷物をさくらに押し付けた。
「え?なになに?」
困惑げに、さくらが荷物を持つ。
「重いよぉ」
そんなことはお構いなしに、和泉はピッチの着信を受けると、内容を聞いてから言った。
「ふたりは先に行って、準備を始めていてください。私も要件を片付けたら、その足で向かいます」
三樹とさくらが返事をするや、一瞬のクールな風が起こり、和泉が姿を消した。
これから、さくらの部屋で女子会というとき!
OLレンジャーの呼び出しがかかってしまった。ひとりで現場に向かう和泉。彼女を待ち受けているものは、はたして……?




