表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪傑!OLレンジャー☆ごくごく普通の働き女子が迷惑なあいつをこらしめる!  作者: 高山流水(高山シオン)
OL三樹の秋の日はアンニュイ
70/86

70

あれは秋の日の出来事だった。弟の結婚式のために三樹は帰省して……。

 あれは、木漏れ日の穏やかな秋の土曜日だった。高原を吹きわたる風は爽やかで、青空をバックにした紅葉が美しかった。

 三樹は実家のある長野県にいた。正月でも盆でもない時期に帰省することは珍しい。


 今回の帰省の理由は、弟の結婚式だった。彼は、いわゆる「授かり婚」で、一昔前の表現にすると「できちゃった婚」というやつだった。彼は地元の楽器メーカーに就職をしており、新婦は彼の同期入社だった。


 弟の幸せそうな姿は純粋に嬉しかった。弟は三人兄弟の真ん中なので、三樹とはそれほど年齢も離れてはいない。それでも、彼女にとっては可愛い弟だった。

 結婚式には、もちろん、もうひとりの「きょうだい」も来ていた。末っ子で次女にあたる、三樹の妹だ。妹は地元で看護師をしている。そんな彼女とともに、その旦那と、まだ小さな子供も来ていた。この妹が、時折、三樹のことを「おばさん」と言うのだが、それにちょっと棘を感じずにいられない。


 ここに、誰の目にも明らかな、目をそらすことができない現実が横たわっている。


 三人きょうだいの中で、結婚していないのが、長女の三樹だけになってしまったということだ。もう間もなく、弟には子供が生まれる。自分は未婚なのに、どんどん「おばさん」になってしまう……。


 新郎新婦を取り囲んで祝福していた親戚のおじちゃんやおばちゃんが、今度は三樹のほうにやって来て、満面の幸せそうな笑みのままに言うのだ。


「三樹ちゃん、良かったね。次は三樹ちゃんの番だね」


 彼らには他意はないはずだ。可愛い姪っこの晴れ姿を、子供に恵まれることを、純粋に楽しみにしているだけなのだ。

 それが分かっているから、なおのこと辛い。三樹は、営業職で培ったスキルを最大限に活かした笑顔で応えながら、心の中では泣いていた。それができりゃ苦労はしねぇんだよ、おいちゃん。おばちゃん……。まるで車寅次郎の心境である。


 しかも残念なことに、ブーケトスは別の女性の手に渡ってしまった。「三樹ちゃん!だめじゃないか!」と、おじちゃんおばちゃんに囃し立てられながら、三樹は頭をかいた。すると、今度は「女性らしくしてなくちゃダメよ!」と、からかわれてしまった。

 いや、そうは言っても、会場にいる若い男性は、弟の同僚や学生時代の友達なのだ。さすがに弟の友達と付き合ったりする勇気はない。婚期という時期が人生にあるのだとしたら、それはいつのことだろう。一年における春みたいに分かりやすく存在してくれたらいいのに。


 新婦も長野県出身なので、結婚式は当然のように地元で執り行われた。美しい白樺の林に囲まれたリゾートホテル風の会場だった。独身、恋人なしの三樹には眩しすぎるエリアである。

 披露宴のあと、すぐに東京に戻るのも大変なので、三樹は実家に一泊することにした。父親が運転する車で実家の庭に戻ってきたときには、ようやく肩の荷が降りた気がした。「お姉ちゃん」や「おばちゃん」をやるのも楽ではない。


 着なれないドレスを脱いで、ダイニングテーブルでくつろいでいると、着物を片付け終えた母がやって来た。少し疲れてはいるようだが、まだ結婚式の高揚感が残っているようだ。幸福そうな笑顔がみえる。


「お茶でも淹れようか?」

 母が言う。

「え?やろうか?」

三樹が立ち上がろうとすると、

「良いから良いから。疲れてるでしょ。座ってなさいよ」

母が優しく言うので、三樹はその言葉に甘えることにした。


 三樹は頬杖をついて、急須に茶葉を入れる母を眺めていた。自分の親の年齢というのは、ほんとうによく分からない。自分が子供だったとき、母は今よりずっと若かったはずだ。でも何だろう。変わっていないような気がするし、自分の親は死なないような気すらする。


「お仏壇のところにお菓子があるから、開けて持ってきていいよ」

 母が急須にポットのお湯を注ぎながら言った。

「はい!かしこまりました!」

 三樹はぴょんと椅子から飛び降りると、床の間へ急いだ。


 正直なところ、披露宴に出た上品なコース料理では、食べた気がしなかった。しかも、お姉ちゃんだし、おばちゃんだし、酒を飲んで乱れるわけにもいかず。弟のまわりの若い子に幻滅されるようなこともできず、気ばかり張っていてクタクタに疲れていたから、甘い菓子は大歓迎だった。


 床の間には、こうこうと明かりがついており、三樹の父親が気持ちよさそうに居眠りをしていた。新郎の父親として挨拶もしなくてはいけなかったし、何よりも息子の結婚が嬉しくて飲みすぎたらしい。新婦のお腹に赤ちゃんがいるのも、最初は驚きこそしたが、今となってはただひたすらに会える日を楽しみにしているという。

 三樹が仏壇の前に座って、重ねておいてあった菓子折りを確かめていると、父の寝息が静まった。目が覚めたらしい。

「いたのか」

と、父があくびをしながら言った。まだ、ぼんやりしているようだ。目をしょぼつかせている。

「うん。お母さんがお茶を淹れるって。飲むならおいでよ」

「あぁ、そうする」

 父は顔をこすりながら立ち上がった。とくに何かを話すのでもなく、ふたりが連れ立って戻ると、

「あ、起きたの」

などと言いながら、母はもうひとつ湯呑を用意した。

実家で親とすごす三樹。両親の関心は当然……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ