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さくらがポーズをとる。両手をピストルの形にしたあと、親指と人差し指の先をくっつけて、指で四角形を作る。
写真を撮ったり、絵を描いたりするのに、構図を決める時にとる、あのポーズだ。
そして、その小さい体のどこから出るのだというような声で叫んだ。
「期限切れ定期☆ハイパー!」
説明しよう!
この技をかけられると、技の対象者の周囲に、突如として通勤ラッシュ時の主要駅が現れる。新宿駅とか、池袋駅とか、そのあたりのターミナル駅を想像すると良いだろう。
ヴァーチャル・リアリティみたいな感じだ。
激流のような、人の流れに逆らうことなどできない。
流されるままに改札に進み、いつの間にか手にしていた定期券をタッチする。
しかし、残念なことに、その定期券は期限が切れている!もちろんICカードの残高もゼロ円だ!オートチャージなんていう機能もついていない!
そのため、神経を逆なでされる警報音と共に、改札のフラップドアが閉じて、とうせんぼされてしまう!
ただでさえ、交通系ICカードの残高不足で、改札にひっかかるのはカッコ悪いし恥ずかしい。それがラッシュ時、鬼のように混み合った駅の改札ともなると心理的プレッシャーは計り知れない!
この技を受けた者は、やるせなさ、恥ずかしさ、腹立ちなどのダメージを受ける。オプションとして、チャラ男、ストレス課長などのキャラクターが現れることによってダメージが増す、という技なのだ。
次の瞬間、米いちゃもん男の周囲に、朝の通勤ラッシュの駅が現れた。一体どこから溢れ出してきたのだろうと思うぐらいの、たくさんのサラリーマンやOLでごった返している。
米いちゃもん男が経験している、いつもの通勤ラッシュとは比べ物にならないぐらいの人数だし、それどころか殺気立ってさえいる。
これは、別の主要駅付近で事故が発生し、そこで発生した大量の通勤難民が、振り替え輸送のために殺到している、という設定だ。
みな、遅れを取り戻そうとして、我先にと目的地に向かうことしか考えていなかった。
いまいち、状況を飲み込めない米いちゃもん男が、ぼんやりと突っ立っていると、次の瞬間に、後ろからタックルされた。
よろめくと、別の方向から、またタックル。
「どこ見てんだよ!」
と、振り返ったときには、もう怒鳴るべき相手は先へ行ってしまっている。通行人たちが、さげすむような視線を残して足早に歩き続ける。
米いちゃもん男には、前に進む以外の選択肢は残されていなかった。
流されるようにして自動改札の前に行った。
手にはいつの間にか定期券が握られている。
米いちゃもん男は、考える暇もなく、定期を改札にかざした。
「ピンポン!」
耳障りな音がしたと思ったら、米いちゃもん男の行く手を阻むように、バタン!と、フリップドアが閉まった。
米いちゃもん男が足をぶつけた。屈辱である。再び、怒りが爆発しそうになる。
と、そのときだ。
米いちゃもん男の目の前に、昔のロール・プレイング・ゲームのような文字が浮かび上がった。一文字ずつ浮かび上がるそれは、最新のプレステとかではなく、初期の頃のファミコンのようだ。
『米いちゃもん男が、通勤ラッシュ時の改札に引っかかった!』
無情な女の声が言った。
「この定期券は期限切れです!」
米いちゃもん男は、急いで改札の入り口に戻ろうとした。しかし、後から後から押し寄せる乗客が行く手を阻む。
「どけよ、ジャマなんだよ」
米いちゃもん男が声を荒げた。
けれども、乗客たちは退かない。一様に冷たい横目で男を見ては、無言で通り過ぎていく。
「なんなんだよ!おい!駅員はいねぇのかよ!なんとかしろよ!」
米いちゃもん男が怒りを爆発させて、わめき散らした。その声も、すぐに雑踏にかき消されてしまう。
『米いちゃもん男が怒りダメージを受けた』
『米いちゃもん男のライフが2減った』
『米いちゃもん男が屈辱ダメージを受けた』
『米いちゃもん男のライフが2減った』
目の前に、また別の表示が現れた。「ライフ」と書かれた表示で、米いちゃもん男の余力を示したものだった。
帯状に伸びたそれが、今、少しずつ短くなった。
OLさくらの必殺技「期限切れ定期ハイパー」!
米いちゃもん男に効果があるのか!?ないのか……!?




