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一緒に食事をした後も、新百合ヶ丘駅で別れてしまうと、無性に彼の声を聞きたくなった。待ち遠しい思いのまま、町田駅で下車すると、マンションに足早に帰った。
それからは、時計とのにらめっこだ。
(そろそろ、桐生さんも電車を降りた頃?)
(電話をしても大丈夫なタイミング?)
真っ暗なままのスマホ画面を見て、ただ、そわそわと落ち着かない。
そう考える一方で、三樹の気持ちにブレーキをかける思いがある。
(電話をして何を話す?)
(ついさっきまで一緒だったのに、電話したらしつこく思われない?)
(でも……声は聞きたい)
素直にそう思っただけで、胸の中にほんのりと火が点ったような感覚になる。
(どうしたら良い?どうしたい?どうしよう……)
三樹は焦りながら考えた。仕事中よりも、ずっと頭を使っている感じだ。
そしてひとつの結論に至る。
(そういえば、聞きたいことがあったんだけど、うっかりして聞き忘れちゃった、ということにして電話をかければ良い!)
(いや、会社で会ったときに聞けばよくない?)
(うあぁ!うるさいうるさい!)
桐生の電話番号を呼び出して、深呼吸をしてから通話ボタンを押す。
指先がチワワみたいに震える。手汗がにじむ。
どきどきしながら、何回か呼び出し音を聞く。
桐生は出ない。焦りがつのる。
三樹は耐えられなくなって電話を切った。
(なんだかバカみたい)
なんて自嘲する。
(よく考えたら、仕事の話ならメールでも済むし)
(あーあ、バカだなぁ自分……あーあ)
黒く沈んでしまったスマホの画面を眺めながら、ちょっと後悔する。
でも、少しだけ期待している。テレビを観ながら、何か別のことをしながら、スマホに意識を向けている。
確信とは言い切れない、ほんわりとした予感が胸にある。
そして、数分もたたない内に三樹のスマホが鳴った。三樹のセロトニンが一気に分泌される。画面を見なくても分かる。
なんせ、呼び出し音で桐生と分かるように設定してあったのだ。
三樹は胸をときめかせながら電話に出た。手が震える。
「出られなくて、ごめんね」
桐生の声に、胸の中がとろけそうになる。
「こっちこそ、遅い時間にすみません」
相手に見える訳でもないのに、三樹は頭を下げた。
すると、クスっと小さな笑いが、三樹の耳をくすぐる。それだけでもう、腰砕けになりそうだ。三樹は、ふわふわした気持ちになる。
「いいんだよ」
優しい桐生の声が、耳の中に滑り込んでくる。
「僕も、声を聞きたいと思っていたから」
各駅停車じゃなかったのか!?
急接近の予感!!??




