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三樹たちが担当するスーパーマーケットの新規オープンまで、慌ただしく毎日が過ぎた。
なんといっても、オープニングセールの集客力を逃す手はないのだ。数字を大きく伸ばすチャンスが、ここにはある。
いかに競合を出しぬいて、自社の製品を多く販売してもらうか。そのためには、多くの人の目にとまるベストな販売スペースを確保しなくてはいけない。
顔は笑っていても、内心はメラメラしまくっている。
(負けられない戦いが、ここにある……!)的な。
その間、同じ業務に関わっていた三樹と桐生は、帰る方角が同じだということで、しばしば一緒に夕食に行くようになっていた。
さすがに飲みに行くような余裕はなかった。例え飲みに行ったとしても、アルコールの勢いを借りて、急接近に転じるような度胸も、演技力も、三樹にはない。
それでも、少しずつ打ち解けていき、ふたりきりになると、桐生の話し方が親しみを帯びて、砕けてきた。
敬語と、ため口が混じる感じだ。それに気づいた桐生が、照れくさそうに言い訳をする。
これらのことが、三樹を喜ばせた。
こういうときにピッチが鳴ると、三樹は出なかった。
(このタイミングでスルーしても、きっと残業のせいだと思われる……はず!)
二回目のピッチが鳴ると、さすがに三樹は悩んだ。手洗いに立ったことにして行こうかと考えた。
でも、
「大丈夫?」
と、桐生に心配そうに言われると、
「大丈夫です」
と、答えてしまうのだった。
すると、桐生も安心したような笑顔になる。彼の目元に親しげな笑いじわが寄り、それが、とても魅力的だった。
もうメロメロである。どうしようもない。遅めの春は花盛りだ。
ふんわり霞のかかった空に、満開の桜。とめどなく降りつづける花びらの雨。その向こうで微笑んでいる桐生。両手を広げている。
その胸の中に飛び込むため、足取りも軽やかに走り出す自分……。
うっとり。
妄想も花盛りだ。
時折、桐生のスマホも鳴った。三樹の胸が、ドキンと跳ねる。
(水沢からの誘いだったらどうしよう……)
と不安がよぎった。
「ヒガシ君だ。あの子は、ほんとうに真面目だね」
桐生の言葉に、三樹はすっかり安心した。
桐生は素早く返信をし、スマホをポケットにしまいこんだ。時々、スマホが鳴っているにも関わらず、桐生はスルーすることがあった。
三樹もスルーしたのだから、自分も聞かなかったことにしてくれているのだろうか。三樹は嬉しかったが、心配にもなった。
(仕事のことだったらマズイ……)
そう思って桐生に告げると、
「あ、そうか」
などと言って、改めてスマホを取り出し、
「ごめん。ほんとうに仕事の件だった。危ないところだったよ。ありがとう」
と、ちょっとだけ席を立ったりした。
こんな時、桐生の役に立てたような気がして、三樹は嬉しかった。
(まるで、奥さんみたい……!なぁんちゃって!てへぺろーって死語ー!)
桐生と歩いていると、何人もの女が振り返った。たまに男も振り返った。
食事に行けば、やはり別のテーブルから、遠慮のない視線を感じた。
すんごく分かりやすい、羨望のまなざしだ。
こんなステキな男性は、めったにいるものではない。
(わたしの連れなんですぅ~。どーもすいません!)
三樹は優越感を覚えずにはいられなかった。
一方の桐生は、そんなことにはお構いなしらしい。三樹と歩いているときには、どれだけの女が視線を送ってきても、三樹以外を見ようとしなかった。少なくとも、隣にいてそう感じた。
大きな安心感だった。大切にされている感じがした。
そして、桐生はいつでも優しかった。ドアがあれば開けてくれたし、席に座るのも三樹を優先させたし、エスカレーターもエレベーターでも、気遣いが半端なかった。
混み合った電車に乗るときも、いつも三樹が辛くないようにしてくれた。まるでお姫様扱いである。
今まで、こんなことをしてくれる人はいなかった。自分は、彼にとって特別な存在なのだと、だんだん分かってきた。
決して、自分ひとりの片思いではないのだと思って嬉しくなった。
これはもう……!……?




