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(え?今?すっごく迷惑なんですけど)
(なんでこう間が悪いんだ。そして、バイブの音が大きすぎる!)
それはOLレンジャーの呼び出し用の特殊なピッチなので、仕方がないとは分かってはいるのだが。
気が付けば、場が静まっている。三樹は気が付かない振りをしたかったが、この静けさの中では、そうもいかなかった。
三樹の中で葛藤が生じた。
(て言うか、気がつかなかったことにしたい……!)
(許されるの……!?朝もスルーしたのに……!?)
(でも、この時間をジャマされたくない。よけいなおまけがついているとはいえ、桐生さんと食事に来ているんだよ?)
(さくらだって合コンのためにピッチをスルーすることあるよね?)
となると、答えはひとつしかない。
三樹はピッチを取り出すと、出もしないで切ってしまった。
「大丈夫なんですか?」
桐生が気遣わしげに言う。
「大丈夫です」
と答えた、三樹の顔は今日一番の笑顔だった。
桐生も、安心したように微笑み返してきた。
ただ、それだけのやり取りだったのに……。
三樹の胸の中に、熱いチョコレートみたいなものが充満して、とろけてしまいそう……。
たくさんの真っ赤なバラに彩られた世界。映画「アメリカン・ビューティー」みたい……。
スワロフスキー的な煌めく細かなものが、いたるところに散りばめられているみたいな……。
まるで夢のよう。
三樹を容赦なく現実に引き戻してくれるのが、水沢の存在だった。
うっとりと夢見がちなアラサー乙女の心境などおかまいなしに、水沢がキャラキャラと楽しげに、何かと桐生にばかり話しかける。
すると、桐生もまた、水沢のちょっとズレた発言に笑顔を見せている。
(楽しそう……)
ヒガシ君だけが本気になって、水沢の発言を訂正しようとしている。すると、水沢もムキになって、
「えー?別にいいじゃないですかぁー」などと、唇を尖らせる。
それどころか、甘えるような言い方で、
「ね、桐生さん」と同意を求めてくる。
桐生は微笑みながら、水沢に優しい言葉を返している。
その優しさが三樹には痛かった。
「ほら、桐生さんも言ってるし」
水沢の勝ち誇ったような顔も、ほんとうにうっとうしい。
「いやいや、ダメでしょう!」
ヒガシ君がムキになる。
(ほんとうに真面目な子なんだわ……)
そんなふうに思って見ていると、
「ですよね、町田主任!」
真剣なまなざしで、ヒガシ君が合意を求めている。
その勢いに、なかば押されるように、三樹は同意してしまう。すると、ここぞとばかりに水沢のアピールが入る。
「町田主任は、すぐにヒガシ先輩の味方ばっかりするから」
とってつけたような悲しげな表情。
(やられた……!)
(まるで、あたしの味方をしてくれる人がいないんですとでも言いたげだ。その猿芝居!猿山に帰れ!)
三樹は笑顔の仮面をかぶっているが、一枚剥がしたら、その下は般若の面だった。
水沢が飛び切りのスマイルを桐生に向ける。そして言った。
「桐生さんだけは、あたしの味方して下さいね!」
それがお前のやり方か!




