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三樹は言葉につまった。ヒガシ君のことは可愛い後輩と思っている。優しくする甲斐もある。そう、水沢と違って。
しかし三樹は焦る。言葉を探す。桐生から変なふうに捉えられたくない。ヒガシ君に好意を持っているとか考えられたら困る……!
ヒガシ君が嬉しそうに口を開く。
「そうなんすよー。主任て、超、やさしく……」
「そんなことないですよ!」
三樹が被せ気味に言葉をひねり出した。
「なんかこう、ヒガシ君て、うちの弟と年齢が近いから、接しやすいのかも?弟っぽいっていうか……」
異性視していないことを強調する。桐生にだけは誤解されたくない。手のひらに変な汗をかいた。心の中ではデスメタルばりに叫んでいる。
(余計なことばっかり言いやがってぇぇぇぇぇぇぇ!水沢ぁ……!)
「あ、そうなんですかー」
ヒガシ君は、頭をかきながら笑っている。
「ほんとに、それだけなんですか?」
水沢が小首をかしげたところで、ウェイターが料理を運んできた。タイミングが素晴らしすぎる。チップをはずんでもいいくらいだった。
料理はどれも美味しかった。ナポリタンは懐かしい味がする。パスタも生地の食感が良くて美味しかった。ワインによく合う。三樹は、ついつい、いつものように、よく食べ、よく飲んでしまった。
ふと視線を感じて顔を上げると、微笑む桐生と目が合った。
(しまった……!)
慌ててワイングラスを置いた。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「町田主任、はやーい。男の人みたい」
たった一口でできあがってしまった水沢が、舌足らずな言い方をしてきた。
「おまえ、それはちょっと失礼だぞ」
パスタを食べていたヒガシ君が、顔を上げて言った。彼も少し回っているらしい。ちょっとムキになっている感じがする。
「おまえとか言うのって、パワハラだと思いますぅ」
水沢が顔をしかめる。
ヒガシ君がフォークを置いて、何か言い返そうとする。
「まぁまぁ」
静かに桐生がなだめた。
「東北沢君は、ほんとうに真面目な良い子なんだな。後輩の面倒見も良いし。いい部下を持って、町田主任は幸せですね」
「えー?そんなことないですよぉ!」
答えたのはヒガシ君である。ちょっと頭を掻いたりして、照れくさそうだ。愛されキャラである。それに、桐生のとっさの一言で、彼の機嫌は、瞬時にして直ったらしい。なんという素直さ。
「そんなこと、あるわよ」
三樹も笑顔で答えた。
「え?マジですか?超うれしいっす」
ヒガシ君が小さくガッツポーズをした。その喜び方も大げさで、つくづく可愛い。嬉しそうに、パスタを食べ始めた。
「うまいなー、これ。あー幸せ。注文して良かった……」
などと言いながら。
「えー?じゃ、あたしはどうなんですか?」
水沢が、三樹の顔を覗き込むようにして口を挟む。
(いちいち、うるせえな)
とは内心で毒づきながら、ちょっと意地悪な気持ちになって言い返す。
「そうね。そこは……ノーコメントで」
「えー?それって、どういうことですかぁ?」
水沢がむくれる。三樹は無言で微笑んだ。
「意味、分かんなぁい」
「もうちょっと、頑張れってことだよ!」
ヒガシ君が勝ち誇っている。
「ですよね」
と、三樹に同意を求める。
三樹は黙って微笑む。それに気が付いた桐生が、おどけたように肩をすくめて見せた。
三樹の胸の中が、ポッと温まる。
「えー?あたし、頑張ってますぅ。ねぇ、桐生さん」
水沢が甘えたような言い方になる。口をとがらせて、お得意の上目遣いだ。
三樹がイラッとする。
(お前!マジでどついたろうか!?)
その時だった。
三樹のピッチがバイブした。
こんなタイミングで!?レンジャーの呼び出しが……!




