46
(死ね!死ね!シネェェェェェ!)
顔面に白黒のペイントをほどこした黒髪ロン毛のメタラーが、三樹の心の中でシャウトしている。
そんな三樹の心境を知るはずもない水沢が、ここぞとばかりにキャピッと首をかしげた。勝負顔だ。
その髪がふわっとして、微妙に三樹に触れてきて、イラッとした。舌打ちからの、払いのけしたくなる。やらないけど。
(こっちだって!)
思わず対抗意識を燃やしそうになった。
今の三樹は、昨日までの潤い不足したぱっさぱさボッサボサの髪ではないのだ。
シャンプーのコマーシャルみたいに、すっぱぁ~ん♪と髪をおろして、さらさら~ってやってやることだってできるのだ。さらさら~って!
三樹がヘアゴムに手をかけようとした瞬間――。
「ちょっと、何言ってんだよ!」
ヒガシ君が横から口を挟んだ。三樹、軽くズッコケる。
「ヒガシ先輩には言ってませんから」
水沢が、マンガみたいなしかめっ面をする。その顔すら計算なのだ。まったく忌々しい。
ヒガシ君がムキになって何かを言い返そうとするが、水沢はぷいと顔を背けてしまった。
と、その時だった。桐生がわずかにテーブルに身を乗り出した。そして、言った。
「水沢さんは、杏ちゃんて呼んでほしいの?」
「はいっ!ぜひ!」
水沢が、間髪を入れず、目をキラキラと輝かせて答えた。
(仕事中でも、こんなにいいお返事はしないよね……)
三樹の気分がどんどんシラケる。
「桐生さん、気にしなくて良いんですよ。水沢さんて、ちょっと変わってる子なんで」
ヒガシ君が、一生懸命になってフォローしようとしている。
「もー、ヒガシ先輩は、余計なこと言わなくて良いんですぅ」
水沢がふくれっ面になる。
三樹の胸の中は、変にざわついてしまって落ち着かない。
水沢と桐生が変に距離を縮めるなんて、どうしても耐えられない。
ほんとうに、心の底から
(水沢!このフグ女!水族館に帰れ!)
(水族館では近すぎる!海だ!海に帰れ!)
と思った。
(むしろ、この女を瞬間移動でどこかに飛ばしてやりたい!)
(そしてもう帰ってくるな!)
(二度と!ネヴァー!)
「じゃ、私のことも三樹ちゃんて呼んで下さい」
と言って笑いを取ることができたら、もっと楽なのかもしれない。
三樹は、何食わぬ顔でメニューを見た。つもりだった。でも、桐生と水沢のことが気になってしまい、ちっとも内容が入ってこなかった。胸が痛む。
(ふたりの楽しげな会話を聞けば自分が落ち込むだけ……)
(だったら、いっそ、耳に蓋をしたほうが精神衛生上いいのかしら……)
ついには、こんな悲壮な決意すらしようとした。
すると、急に、
「町田主任も、言ってやってくださいよ」
と、ヒガシ君が話題を振ってきた。
しかし、このときの三樹は、自問自答の真っただ中にいて、何も聞いちゃいなかった。
「え?何を?」
慌てて聞き返す。
ヒガシ君にとっては、それはショックだったらしい。肩を落として、
「もー、聞いてなかったんだぁ……」
そんな中、桐生は終始にこやかにしていたが、ふいに口を開き、そして、言った。
「杏ちゃん」
その言葉が三樹の胸に突き刺さった。中世の騎士のサーベルみたいに、ズドッと。
三樹ショック!どうなる……どうなる俺!どうなる……!?




