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翌日も仕事なので、お酒は軽めにして食事を楽しむことにした。全員が電車で通勤しているため、駅ビルのレストランフロアにある洋食店だ。運よく席が空いているようだった。
桐生は微笑をたたえて、女性ふたりを先に店内に入らせた。このように、レディ・ファーストが自然にできるあたりも、大人の男という感じだ。
(かっこいい……)
三樹は、またしても、うっとりしてしまった。世界に紗がかかってステキに見える。
「どうぞ」
桐生の声がし、
「あ、すみません」
と、答えたのはヒガシ君だった。
桐生の脇を通りながら、照れくさそうに頭をかいている。
ちょっとレトロな雰囲気の、落ち着いた店内には、白い制服を着たウェイターが何人か立っている。なかなかのイケメン揃いだった。
そのうちのひとりが振り返り、挨拶をし、人数を尋ねた。
「四人です」
ウキウキとした声で、水沢が答えた。ウェイターが水沢に笑顔を向ける。
三樹は微妙な気持ちになる。
ウェイターが、店の奥に位置した、ゆったりとした四人掛けのテーブルを案内した。
桐生は後ろから歩いてきたが、テーブルにつくとすぐ、三樹と水沢に壁側の広々としたソファの席を勧めた。
三樹はお礼を言いかけたが、水沢の、
「きゃっ!ありがとうございますぅ!」
に、かき消されてしまった。三樹の表情がこわばる。
(なんだかなぁ)
と、思いながらも、辛うじて桐生に会釈をした。桐生も気がついて、応えてくれた。それが、とてつもなく嬉しい。
水沢はというと、ぽんとソファに座るや、
「いい雰囲気~」
などと、店内を見回して楽しげにしている。
そんなことは、どうだっていい。三樹が一番に気になっていることといえば……、
(どっちが私の前に座るんだろう……)
三樹の胸は高鳴っていた。手に汗握る状況だ。これは、まるで「学園天国」のような状態である。
今の場合は、相手がクラスでナンバーワンの美女ではなく、職場内でナンバーワンの桐生なのだが。
男性陣は、なんとなく席を譲り合っていたが、やがて桐生がヒガシ君に、
「どうぞ」
と、椅子をすすめた。
今や、三樹は緊張のあまりに顔を上げることすら難しくなっていた。落ち着け、と言われてもムリ。
「あ!すみません!」
ヒガシ君の嬉しそうな声がした。
「やっべ!僕もう、おなかぺこぺこで死にそうだ!」
実に無邪気なことを言いながらヒガシ君が座ったのは、三樹の前だった。
ホッとしたような(桐生が前にいたら、たぶん緊張してしまうだろうから)
ガッカリしたような(桐生の前に座るなんていうシチュエーション滅多にないから)
複雑な気持ちになった。
当然、桐生が座ったのは水沢の前である。水沢が嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。それに気がついた桐生も、微笑みを返している。
(やっぱり、若い子の前がいいのね……)
と、思わず遠い目をしそうになった三樹。実際に、ちょっとだけしたかもしれない。
「僕、この店に来るの初めてかもしれないです!町田主任は来たことありますか?」
と、ヒガシ君が楽しそうに話しかけてくる。つられるようにして、三樹も笑顔で応えるしかない。
実際のところ、ヒガシ君がいてくれて、ほんとうに良かった。そうでなかったら、多分、間が持たないだろう。
「桐生さん、何にしますか?」
水沢が、ここぞとばかりに張り切って、桐生にメニューを見せている。
「僕はいいから、水沢さんから、お先にどうぞ」
桐生がジェントルに答える。
「桐生さん。そんな呼び方しなくて良いんですよ。みんな、あたしのこと杏ちゃんって呼んでるんで、桐生さんも、杏ちゃんって呼んで下さい」
(はっ?死ね!)
三樹の心の声がシャウトした。
誰の心にも存在するデスメタルがちょっとだけ炸裂。




