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そうは言っても、心の中に、もくもくと不安の雲が湧き上がってくる。水沢が桐生に興味を持っていることは間違いがない。彼氏がいるくせに。
「桐生さん、何か食べたいものありますかぁ?」
水沢が楽しげに話しかけている。桐生の腕にそっと手を置いているのを、三樹は見逃さなかった。
「うーん。とくに嫌いなものもないし、僕は何でもいいよ」
「じゃ、あたし、決めちゃいますね!」
仲良く並んで歩いているふたりは、いかにもお似合いに見える。その後ろを、三樹とヒガシ君は並んで歩いていた。
「ええ?ちょ、ちょっと!こっちには聞かないの?」
などと、ヒガシ君は前を歩くふたりに楽しげに割り込んでいる。
(ヒガシ君のこういうところ、羨ましいんだよなぁ……)
これがもし、ヒガシ君なしの三人だったら、もっときつかった。ヒガシ君の存在には、ほんとうに助けられていると思った。
「ヒガシ先輩には聞きません!」
水沢が振り返って顔をしかめる。
「町田主任、どこか行きたいところ、あります?」
「お任せするわ」
三樹は微笑む。うまくいったと思う。
「了解ですっ」
水沢はすぐに桐生に向かって、お喋りを始めた。桐生も、にこやかにそれに応えている。ふたりのやり取りに、聞き耳を立てたくて仕方がない。何を話しているのかが気になって、気になって……。
ふたりの距離が気になって……。
でも、三樹には、先ほどのヒガシ君のように、ふたりの会話に自然に割り込むような器用なことはできない。
三樹の心境に気がつくはずもないヒガシ君が、しきりと話しかけてくる。ヒガシ君の顔が楽しげなのに、ほんの少しだけ、気持ちが救われる。
でも、やはり、前のふたりのことばかりが気になった。
ヒガシ君のお喋りに笑顔で相槌を打ちながら、三樹はまったくの上の空だった。




