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桐生の呼びかけに、三樹の足が無条件に止まった。それは最新の自動車の安全装置レベルに。
三樹の胸が今一度、高鳴る。
桐生の声が、言った。
「今夜なにか予定ありますか?よかったら、僕たちと一緒に食事に行きませんか?」
(イエス!オフコース!)
心の中では即答していた。でも、とっさに口から言葉が出てこない。まさか、桐生から誘われるとは夢にも思っていなかったのだ。びっくりするやら、嬉しいやら。すっかり固まってしまった三樹を、三人が見つめている。
そんな中、誰よりも先に声を発したのはヒガシ君だった。
「そうですよ!町田主任、一緒に行きましょう!なんて言うか、ほら、ニィニィで良い感じじゃないですか!」
ニィニィとは、男女それぞれ二人ずつ、ということらしい。合コンか。三樹がヒガシ君を見ると、何やらその瞳の奥に、懇願の色が見える。一緒に来てほしいと言っているみたいに見える。
(結局、水沢に付き合わされるのが不安なのね……)
と、三樹は考えた。
(だったら最初から断ればいいのに。でも、そういうところがヒガシ君らしいって言うか……)
もちろん、水沢には、ヒガシ君のその表情は見えていない。見えていたところで、真意は伝わるまい。そういう女だ。
「そうね……」
三樹が、やや、もったいつけて答えようとした、その言葉に被せるようにして発言してくるやつがいた。水沢だった。
「え?でも!」
腰を折られた三樹の表情が固まる。
水沢は、明らかに作ったと分かる「申し訳なさそうな顔」をして言った。
「町田主任も、いきなり言われても……困りますよね!?」
食い気味にヒガシ君が声を上げる。
「こっちだって、いきなりだったじゃないか!」
「でも、ヒガシ先輩はこのあと予定がないって言ってたから」
「そりゃ、予定はありますか?って聞かれて、予定がなかったら、予定はないよって答えるだろ?普通」
ヒガシ君が大人げなく言い返している。桐生はそんな彼らを微笑んで眺めている。
三樹は、発言のタイミングを逃して、もやもやしながら立っていた。
「あぁもう、いろいろ言わないで下さい!」
「いろいろって……」
「まぁまぁ。そうやって二人で言い合ってたら、町田主任が何も言えないだろう」
桐生がそっとなだめ、ヒガシ君が恥ずかしそうに黙った。水沢は、「いっけない!てへっ!」みたいな嘘くさいぶりっ子顔になった。
三樹には、桐生のこの言葉が神対応に思えた。ときめく。水沢に腹を立てている暇があったら桐生にときめく。
「どうですか?」
桐生の問いに、三樹は笑顔になる。
「大丈夫です!みんなで行きましょう!」
すると、ヒガシ君が急に元気になった。顔をぱっと輝かせて、
「そうです!そうですよ!みんなで行きましょう!」
三樹が、ほんの少しだけ呆れたように笑いかけると、ヒガシ君は安心したように満開の笑顔になった。その頬が、ほんのり染まっていて、やはり可愛い。
ヒガシ君の様子を、ぽかんとしながら見ていた水沢だったが、すぐに明るい表情になって、いつものキャラキャラした感じで言った。
「ですね!行きましょう行きましょう!なんだか楽しくなりそうです!」
この発言をするほんの直前、水沢の表情が一瞬だけくもった。気が付いたのは三樹だけのようだったが、大人だから気が付かない振りをした。
不器用な三樹……。




