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そんなやり取りがあった。
思い出すたびに、頬ににやにや笑いが浮かんでしまう。
「思い出し笑いをする人ってエロいんだってよー」
と誰かの声が蘇る。
危ういところで我に返って、無意識に咳払いをする。
いや、たぶん、時すでに遅し。だらけたニヤニヤ顔が出ちゃっていた。
それに、桐生が連絡先を交換したのは、三樹とだけではない。
水沢も、ヒガシ君も、交換したらしいのだ。そりゃそうだ。同じチームなので。LINEグループだって作っちゃう感じだ。その中で、水沢だけが不安要因だ。
(いろいろな意味で……)
新宿駅で、電車のドアから吐き出されると、人の波に逆らわずに小田急線の乗り換え改札に行く。
ここから先は少し長い。ぎゅう詰めの電車の中で、小さくなりながらスマホを取り出した。美容室に行く前に、どんなヘアスタイルにするか考えようと思ったのだ。
根が真面目なのだ。
(……ていうか、なんて検索したら良いの……!?)
「アラサー、ヘアスタイル」?なんというか、気が進まない。
20代の終わりにアラサーを自称するのと、30代の始まりにアラサーを自称するのでは全然違う……気がする。前者は圧倒的に微妙。
だからと言って「流行、ヘアスタイル」も恥ずかしい。
ふと見上げた吊り広告は、二十歳前後の女の子向けのファッション誌で「今年のモテヘアスタイル」と書いてあった。
つまり、男性からウケるヘアスタイルということだ。
三樹は恥ずかしさに顔を火照らせながら、スマホ画面を隠し気味にして検索をかけた。
「モテ ヘアスタイル」
(やれやれ、誰が覗きこむというのでもないのに)
検索した結果の画像を表示していく。若い可愛いモデルの女の子が次々に表示される。
斜め45度のキメ顔で、キラキラ度が半端ない。大きな瞳に、ふんわりチーク。
(ほっぺに手をあてたりして、歯が痛いのか?)
その指にも、可愛いネイルが施してある。三樹みたいな、いかにもな「普通の女」は出てこない。
(ふーん、そうかー。まー、可愛い子が何をしたってかわいいよねー。ねー)
そうこうしているうちに、電車は、さくらのマンションのある下北沢を通り過ぎた。
(そうだ、さくらに相談しようか。でも、すぐに返信が来るか分からないしな……)
電車はゴトゴト走り続ける。流行のスタイル。モテヘアスタイル。
(これ、自分にも似合うかのかなぁ……?)
次々に画面をスクロールさせたり、画像を拡大して表示したり。
(えー?これ?やりすぎじゃない?わー、すごい、これ)
電車は多摩川を渡り、いったん神奈川に入って、また東京に戻って町田。
あぁ、着いてしまった。いろいろ画像を見て、ひとりで勝手に盛り上がりこそしたものの、結局、どんなヘアスタイルが良いか定まっていないままに。
でも、これだけは決まっていた。
━今夜は女子力を上げるのだ━
女子力向上への道はキャプツバのゴールまでの道のように長い!




