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さて、いつも通りに電車を乗り換えて、会社に着いた。
(あれ!?いる……!)
驚くべきことに、またもや水沢杏が出社していた。
「おはようございまーす」
と、キャラキャラしている。朝からテンションが高い。
(まさか、二日連続で送ってもらったのか?高級車をお持ちのパパに?)
そんな三樹の邪推に気が付くはずもない水沢が、くるっと振り返った。その先に、あの桐生がいた。
「おはようございますぅ!」
水沢のキャラキャラした挨拶に、桐生が答えている。今日はスリーピースではなかった。でも、すらっとした体型によくあったグレーのスーツだった。
(やだグレー。まるでペアルック)
グレーのパンツをはいた三樹が勝手に盛り上がっている。
(恥ずかしい!でも隠しようがないし!どうしよう~)
そもそもグレーなんて無難な色、別にかぶったところで不思議でもなんでもないのだ。ダメだこれ、もうすっかり乙女になっちゃっている。年甲斐もなく。
「あれ?その腕時計カルティエじゃないですか?超かっこいいー。いいな、いいなー」
水沢が目ざとい。
「ありがとう。新しいモデルが出たから、つい買っちゃって」
桐生も嬉しそうに答えた。その腕がキラリと光った。確かに高級そうである。
「いいな、いいなー。カルティエ、あたしも欲しいなー」
水沢がルンルンと体を揺らしながら言った。小首を傾げて、上目遣いになっている。
(おまえは、おねだりさんか。おねだりする相手が違うだろ。お父ちゃんに言え、お父ちゃんに。あるいは彼氏に!)
三樹の胸の中がもやもやする。
「なんだ、あのふたり、すごくいい雰囲気だな」
と誰かが言った。それを聞いた、別の誰かが、
「職場のマドンナを取られちゃったな」
と、笑っている。
その言葉が、三樹の逆鱗に触れた。それはもう、動物を愛撫するときのムツゴロウさんみたいに、触れまくった。
よしよしよしよし、よーしよしよしよしよし。
怒りの炎がメラメラと燃え上がる。怒髪天をつくとはこういう状態だ。
無神経な軽口を叩く野郎どもに、かかと落としを食らわしたい気分だった。
桐生に対して媚を売りまくっている水沢に対しては、軽めの殺意すら覚える。
そして、心の中でシャウトする。
(私の視界から消えされ!ゲット・アウェイ!)
歪ませまくりのエレキギターかき鳴らしてギュイィィィィィイン!だ、コノヤロー!
すると、その時だった。
ふいに桐生がこっちを向いた。彼が振り返った軌道上に、きらきらきらきら……と光り輝く残像が見えた、気がした。
歪ませまくりのギターでスライドからのチョーキングだコノヤロー!




