25
そんなこなで、案の定ではあったが、約束の時間には遅れてしまった。
自分でかけた技ながら、登場したキャラクター同士の会話がムダに長かったのだ。
三樹は、現場に登場した時と同じく、瞬間移動で、宿さんとの待ち合わせ場所へ向かった。
(すんごく便利!どこでも〇ア並み!)
店内に駆け込むと、先についた宿さんはひとりで飲み始めていた。
その姿を見て、三樹は安堵する。
宿さんはザルである。飲めば当然のように酔っ払って気が大きくなるが、いくらでも飲み続けられる。意識が飛ぶなんてことはありえない。
ただ、ちょっとした欠点があって、いい男がいると酔っ払ったふりをして、瞳を潤ませ、お近づきになろうとする。学生の頃からそうだった。
そんな彼女のことを、三樹はいつでも心配して振り回されていた。
(でも嫌いになれないんだよなぁ……)
宿さんの強いところは、これだけではない。しこたまに飲んだ翌日も、周囲がびっくりするほど元気だ。
おそらく酒の神バッカスに愛されているのだろう。あるいはバッカスが気まぐれで人間界にやってきたか。ついでの気まぐれで、女の姿を借りて。とにかく、そのぐらい強かった。
おそらく彼女の肝臓は鋼だ。ついでにいうと、彼女の心臓も鋼である。
(こんなことを本人には言えないけどね!どつかれたくないし!)
「お疲れ!」
宿さんがジョッキを持ち、
「お疲れ様です」
と、三樹が答えた。
(くぅー。仕事のあとのビールはしみる……。あぁ生きてて良かった……)
「それでそれで?いい男とはどうなったのよ?」
宿さんがテーブルに身を乗り出す。
「その言い方には語弊があります。今日、人事異動で入ってきたばかりの人と何かがあるわけがないじゃないですか」
ビールを飲みながら三樹が答えた。
「何よ~気取っちゃって、バッカじゃないの?どんな?どんな感じなわけ?」
宿さんのテンションが、やたらに高い。三樹は、彼女の勢いに少し押され気味になりながら口を開いた。
「名前は桐生さんで……」
「ふーん」宿さんが頷く。「なんだか足が速そうね」
2016年開催の、リオオリンピックを観ていたのだろう。陸上のトラック競技で活躍した桐生選手を、そのまま重ねてしまうシンプルな発想。
「それを言ったら、飛鳥でもいいんじゃないですか?」
こちらも同じ。聞いた名前をすぐに、別の人に当てはめる会話が、なんとなくオジサンぽい。
「やだー、飛鳥っていったらあれよ。余計な~♪」
「歌わなくていいですから」
妙な鼻声で歌い出しそうになった宿さんを、三樹が制止する。
宿さんが歌いかけたのは、昔、武田鉄也が主演していたトレンディドラマのテーマソングだった。どのぐらい昔かというと平成一桁代だ。
「あらら、今日はツッコミが妙に早いじゃないの」
宿さんがおどけて言う。
いつもの三樹なら、宿さんが自らモノマネを止めるまで聞いている。というより、クオリティの低いモノマネを続けることに宿さん自身が耐えられなくなって、
「ちょっと!止めなさいよ!」
とツッコミを入れてくるのだ。
宿さんが、三樹の顔を見てニヤッと笑った。
「そんなに早く、彼の話がしたいのね?」
「からかわないで下さい」
「からかわないで下さいぃ」
宿さんが、三樹の表情を誇張してマネする。
「何を照れてるのよ!バカね!早く続きを言いなさいよ!」
宿さんが朗らかに笑う。ちょっと、ムッとした表情になりかけていた三樹も、つられて表情が和らぐ。
(だから、宿さんのことをキライになれないんですよね……)
「で、その桐生さんなんですけど、年が三十代半ばって感じで、背が高くて、顔がどことなくイトウヒデアキに似てるっていうか……」
「やだ!海猿!えー?それ、ほんとにいい男じゃない~。うらやましいわ~。どうせなら、うちの部署に来ればよかったのにぃ。あぁ、抱かれたい!」
宿さんが目を輝かせる。
(おいおい既婚者)
それから何を言い出すかと思えば、
「人工呼吸してもらっちゃいなさいよ!」
「ブッ」
三樹が吹き出し、それから激しくむせこんだ。
(ビールが……変なところに入ったキツイ……)
しばらく咳が止まらなかった。ハンカチで口もとを抑えながら涙目になる。ゼエゼエする。
その背中をさすりながら、宿さんがひとりで笑っている。
「もー、あんた、いくつよ。アラサーのくせして何を純情ぶってるの?」
「アラサーでも純情なんです」
「そうよね、あんた男の経験少ないもんね!」
この一言に、さすがの三樹もムッとした。少しばかり、テーブルから身を乗り出して、
「宿さん……」
と上目遣いに睨む。
「あ、ごめんごめん。言いすぎたわ」
宿さんが、肩をすくめて、てへぺろ(死語)した。
「それ事実だからシャレにならないんで、止めてください」
三樹が少しむくれてグラスを取った。
(あれ?むくれて飲んでも、おいしいものはおいしいんだな)
そうなると、機嫌を悪くしていたことも忘れ、ついつい、すすんじゃう。
その姿を見て、宿さんがまた笑った。
「あんたって本当に変わらないわねー。なんだか安心する」
話をしているうちに、頼んでおいた料理が次々に運ばれてきた。テーブルの上に隙間がなくなるぐらいに皿が並ぶ。
「あーお腹すいたー。よし!食べるわよ!」
「はい!」
レンジャーの戦いは終わり無事に始まる今夜の女子会




