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説明しよう!
この技をかけられると、世界が一転する。
技をかけられた人間の周囲に、突如として「普通のオフィス」が現れる。
ヴァーチャル・リアリティのような感じだ。
技をかけられた時間に関係なく、終業時間ぎりぎりのオフィスに飛ばされる。
周囲の社員たちがノー残業で帰ろうとする中、加齢臭のきつい性格の悪い上司から、絶対に処理できない量の仕事を押し付けられる。
そして、
「仕事が遅いのを良いことに、残業代とろうなんて考えないよね」
的な圧力をかけられる。
つまり、時間外労働の疲労感や苛立ちなどにより、相手にダメージを与える技である。
リア充の後輩サラリーマンや、空気の読めない後輩OL、無神経な上司などといったキャラクターが登場することによって、与えられるストレスがどんどん増していく……!
そして今、割り込みアラフォー女の周囲に、どこにでもあるような会社の、とりたてて特徴もないオフィスが現れた。知らないうちに、デスクに座っている。目の前に、一昔前のコンピューターゲームのような文字が現れる。
「割り込みアラフォー女 ライフMAX」
「同僚OL鈴木が現れた」
隣の席に、知らないうちにOLが座っていた。彼女はすでに荷物をまとめており、
「お疲れ様ー」
と、にこやかに言って立ち上がった。
「あ、お疲れー」
割り込みアラフォー女も、なぜかルンルンで帰ろうとする。
すると、急に不穏な感じのメロディが流れ始めた。そして空中に現れる文章。
「パワハラ上司が現れた!」
椅子から立ち上がろうとする割り込みアラフォー女の肩を、パワハラ上司がポンと叩いた。なんともいえない、古い油のような嫌な臭いがする。ひどい加齢臭にアラフォー女は顔をしかめる。
「この仕事、今日中に片付けといて。帰ったって、どうせやることもないんだろ?」
人を見下すような言い方。割り込みアラフォー女がイラッとした。すると、目の前にまた文字が現れる。
「割り込みアラフォー女、イラつきダメージを受けた」
目の前の「ライフ」の表示がわずかに減った。
パワハラ上司が、彼女の肩に手を置いたまま言い続ける。
「君の同期の鈴木さん?彼女これから保育園にお迎えに行くんだったよね。もう二人も子供がいてさ、可愛い盛りじゃない」
「まぁ、彼女は昔から可愛いところがあったし、頑張り屋で、しっかり者で、ほんとうにいい子だったからね~。あっという間に結婚して子供作っちゃったよね」
「しかもさ、仕事も頑張って、家庭と両立してるんだからね。やっぱりできる子は違うよね。いやー、君も感心するだろ」
(それはパワハラだし、それ以上にセクハラじゃない?)
独身の割り込みアラフォー女は、腹が立って仕方がなかった。それに上司のキツイ臭いにも、もう耐えられそうもない。
「割り込みアラフォー女、嫉妬ダメージを受けた」
「割り込みアラフォー女、怒りダメージを受けた」
「割り込みアラフォー女、臭いダメージを受けた」
目の前のライフがどんどん減っていく。気が滅入りそうだ。
「じゃ、よろしくね。こんな簡単な仕事、さっさと終わらせてね。残業代を稼ごうなんて、せこいことは考えないようにね。まー、急いで帰ったって、誰が待っている訳でもないか」
パワハラ上司が笑いながら言った。割り込みアラフォー女は、怒りのあまりに拳を握りしめた。
「後輩OLマリエが現れた」
パワハラ上司の顔が一気にゆるんだ。
「あれ?マリエちゃん、もう帰っちゃうの?」
後輩OLマリエがしなを作りながら笑顔で答える。
「ごめんなさ~い。これから、彼氏(語尾が上がる)とデートなんですぅ~」
「え?マリエちゃん、彼氏(語尾が下がる)いたの?なんだぁ、俺が立候補しようと思ってたのに!」
パワハラ上司が笑いながら言う。なんだ、この態度の違い。ほんとうに腹が立つ。
「あれ?先輩、まだ帰らないんですか?」
後輩OLマリエが、割り込みアラフォー女に言った。その瞳に、一瞬だけバカにするような色が浮かんだ。またしても、腹が立つ。どいつもこいつも。
「お手伝いしたいのはやまやまなんですけどぉ、今日あたしの誕生日なんで、彼氏がホテルのレストラン予約とってくれててぇ」
「ホテル?食事だけ?」
パワハラ上司がだらしのない顔をして言った。
「やだもー、課長!やーらーしーいー!」
後輩OLマリエが身をくねらせながら、甘ったれるような鼻にかかった声を出した。なんだこの茶番。
割り込みアラフォー女の中に、嫉妬、怒り、その他のいろんな感情が次々に湧き上がった。彼女のライフが加速したように減っていく。
そしてゼロになった。
OLピンクの声が響き渡る。
「いくら知り合いが列に並んでいたって、後から来た人がそこに割り込むことは許されないわ!どうしても一緒したかったら、列の後ろに、一緒に並び直しなさい!」
割り込み女は、先に並んでいた友人と目配せをし、
「今日はやっぱり帰るわ」
と言って、いそいそと立ち去った。
列の後方でモヤモヤしていた人たちの間に、なんともいえない安堵の空気が漂った……。




