13
(いつまでこの水沢劇場を観てれば良いんですかねー……)
シラケた気分で耳の穴かっぽじったり、鼻ほじくったりしたくなってくる。
すると、ふいにヒガシ君が急に振り返って言った。
「僕、初めて知ったんですけど、水沢さんて令嬢なんですね」
(れいじょう……令状?)
三樹の頭の中で、めくるめく世界が繰り広げられる。
化粧濃いめの女が、煙草を指に挟みながら
「ねぇ、これって任意よね?どうしてもって言うんなら、令状とってきなさいよぉ!」
と、刑事に向かって言い放つ。
「ふぅーっ」
とか言って、嫌味ったらしく煙を吐きかける。
ちょいと昔の二時間もののサスペンスドラマか。
それはさておき。
楽しげなヒガシ君の言葉が、三樹を現実に連れ戻す。
「ここに来るとき、会社のそばで見たんですけど、今日も、こんなすごい車で送ってもらって……いてっ!」
水沢がヒガシ君をたたいた。
「あー!社内暴力だ!町田主任、これ社内暴力ですよね!」
三樹が何かを言う前に。水沢がずいと割って入って声を上げた。
「うるさい!」
「うるさいって何だよ。先輩に向かって!」
「うるさいって言ったら、うるさいんです!もうっ!」
水沢の頬が膨らむ。唇がとんがる。
(はいはい。可愛い可愛い)
(いちいち可愛いアピール、どうもご苦労様)
(あー、超面倒くさい)
(水族館の海の仲間コーナーにでも入ってろ。このフグ女。自分の毒にあたってしまえ)
「聞いて下さいよ、町田主任。水沢さん車で送ってもらったんですよ。すっごくでかい黒塗りの。なんか、運転手とかついてそうな感じの」
ヒガシ君が、ゼスチャーをまじえつつ、さも楽しそうに言う。水沢が不服そうに言い返す。
「だぁってぇ、パパがぁ……。雨だから乗っていきなさいって、聞かないんだもん。
あたしは恥ずかしいからぁ、いやだって言ったのにぃ。電車が止まったら困るだろ!とか言って。
あたし、地下鉄しか使わないから、しょうじき雨とか関係ないのに。パパって、あたしと違って、なんか変でぇ」
(おい、ちょっと待て。あたしと違ってっていうところが大いに引っかかるぞ。パパが変だっていうなら、それは明らかに遺伝している!)
三樹の心の声など、水沢が知る由もない。
「……っていうか、あたし、わざわざ、ちょっと会社から離れたところでおろしてもらったのに。もーヒガシ先輩、なんであんなとこ歩いてるんですか?」
「いやいや、出勤なんだからしょうがないじゃん」
「しょうがなくないですぅ。ほかの道から来てくださいよぉ」
「は?駅からここまで一本道だろ?どうやって他の道から来るんだよ」
「あっちのほうの橋まで行って、ぐるーって歩いて来れば良いじゃないですか」
「うそだろ?それって、すっごく遠回りになるよ。倍以上かかるし、ありえないって」
「じゃあ、もっと遅い時間に来るとか。むしろ、ヒガシ先輩の乗ってた電車が止まっちゃえば良かったのに」
「ひっでー!そんなことしたら会社に遅刻しちゃうだろ」
「そんなこと、あたしには関係ありませーん」
水沢がヒガシ君に向かって顔をしかめる。ヒガシ君が目を真ん丸に見開く。
「ていうか、なんで人に言うんですか?ひどすぎますぅ」
すねる水沢を見て、ヒガシ君が笑っている。
三樹は、またしても遠い世界に取り残された気分になった。
世界というか、その外というか、成層圏よりもっと外っていうか……
(宇宙?そうだわ宇宙だわ。ここは宇宙。真っ暗な宇宙にひとり取り残された私。)
(たしか、そんな映画があったような。えーと、えーと……、そうだ、「ゼロ・グラビティ」だ。彼女はちゃんと地球に戻ってこられたけれど、私は戻ってこられるのかしら)
またもや、遠い目。




