序章【赤い雨が降った日】3
怪物たちは、死んでいくばかりではない。
怪物たちの腋には分厚い皮膜がついており、落下の最中にそれをムササビのように広げ、落ちるスピードを低減させている。
地面に叩き付けられて死ぬ者は、それに失敗した者たちだ。
それによって多数の怪物が死んだが、生き残った者も多数居た。
潰れて死んだ怪物の死体が、後続の者たちのクッションになった、というのもある。
生き残った怪物たちの状態も、様々であった。
勢いを殺し切れず、息も絶え絶えの者。身体のあちこちが折れたり欠損しているが、動く事はできる者。
上手く勢いを殺し切り、無傷で、行動にまるで支障のない者ーー。
「ああああぁぁァーーッ!?」
突然、恐怖の色を大量に混ぜた絶叫が、明良たちの耳に飛び込んできた。
男の声だった。
明良が、弾けるように声の方を向くと、声の主と思しき人物が、怪物に襲われていた。
肩口に食い付かれ、胸から肩にかけて、鋭い牙を突き立てられている。
男は、何とか怪物を振りほどこうとするが、怪物の顎の力はあまりにも強く、深く食い込んだ牙はまるで外れない。
そして、怪物が咬力を一段上げると、「ごきん」と鈍い音を立てて、男の左肩が噛み千切られた。
男は白目を剥き、首元から、まるで壊れた蛇口のように鮮血を噴き出す。絶命したのは明らかだった。
そんな凄惨な場面を目の当たりにした明良は、あまりの事に、身体を硬直させてしまう。
「危ない!」
隣で渚が叫び、明良の腕が、いきなり強い力で引っ張られる。
渚が引いたのだ。
身体ごと渚に引き寄せられる明良。
その刹那の後、それまで明良の頭があった位置で、怪物の大口が甲高い歯音を鳴らした。
それは空振りに終わったが、渚が腕を引いてくれなければ、明良の頭は、間違いなく噛み砕かれていた。
「うっ、あぁ……っ!」
明良の顔から、ざぁっと血の気が引いた。股間から、小便が漏れる。身体中を、恐怖が駆け巡る。
明良は身がすくんで動けない。
そんな明良を叱咤するように、渚の声が飛んだ。
「明良くん! 逃げよう!」
その声を聞いて、明良は、はっと我に帰る。
明良を食い損ねた怪物は、体勢を立て直し、再び明良を襲うべく、こちらに向き直っている。
呆けている場合ではない。逃げなければ。
「ごめん! 行こう!」
短くそう言うと、今度は明良が渚の腕を引いて駆け出した。