序章【赤い雨が降った日】2
「え…何、あれ…」
揺れが治まりかけた頃、明良にしがみついていた渚が、空を見上げて言った。
その疑問は、付近に居る人々も、皆が口にしている。
だが、その問いに答える者は当然居ない。そして、異常な事態は、空の色が赤いだけでは済まされなかった。
雨が降ってきたーー。
まるで、今の空の色を写したかのように、赤い雨。
否、遠目には、雨が降っているように見えるだけである。
赤い雲から降り落ちてくるそれは、雨粒などではなく、形あるものーー。
異形の怪物であった。
「な……っ!?」
あまりの事に絶句する明良たち。
だが、驚愕に固まる人間たちの事情など、まるで知った事ではないとばかりに、怪物たちは頭上から降り注いでくる。
その怪物は、薄灰色の体皮を持ち、大きさはまちまちの様だ。大きいものは成体のゴリラ程もあるが、小さいものは大型犬程度である。短い体毛に覆われた体型は、猿に近いだろうか。
頭部は蝙蝠のような顔立ちで、剥き出しになった鋭い牙は、この生物の凶暴性を顕しているかのようだ。
そして何よりの特徴は、両眼であろう。
それは、まるで燃え盛る炎のように、滴り落ちる鮮血のように、深紅に光る目だった。
赤い雨に見えたのは、目の光が薄暗い空に映えたためであったが、無数に降りしきる雨粒の如くおびただしい数のせいでもあった。
雲の高さから墜ちてくるだけあり、その勢いは相当のものである。膨大な運動エネルギーで地面に叩き付けられ、五体が微塵に砕け散る。運の悪い者は、墜ちてくる怪物の直撃を受け、諸共に砕け、死んだ。
明良と渚のすぐ側でも、怪物が落下し、爆ぜる。そうして飛び散った血、肉、骨、腸綿が、「びしゃっ」と音を立てて降りかかってくる。
「嫌ぁっ! 何!? 何なのこれ!?」
すぐ側に居る渚の、恐慌に駆られたような悲鳴が、明良の耳朶を打つ。
だが、明良にも、答を返す余裕はない。あまりの事に平常心を失っているのは、明良も同様だったのだ。