序章【赤い雨が降った日】
その日は、空一面に重い雲が垂れ込める、薄暗い天気の一日であった。
日差しがなく、初秋という事もあってか、気温はやや肌寒く感じられる。
大通りに沿って植えられた、街路樹の葉を、風が揺らす。その風に微かな湿り気を感じた日比野明良は、
(一雨くるかな?)
と思い、面倒そうにため息をついた。
「おいおーい、アキラくん? 何ため息ついちゃってるのかな? 可愛い彼女とのデートが、そんなに退屈かい?」
自分の左側を歩く人物からの、そんな言葉を聞いて、明良は面倒そうな顔を更に面倒そうにしかめる。
「違うって。雨降ってきそうで、やだなーって思ったんだよ。あと、誰が彼女だ」
「あっ、そういう事言っちゃう? あーあ、つれないアキラくんだなー。あたしの愛は、いつこの朴念仁に届くのかなー」
「届いてない訳じゃないよ。俺が君を愛してないだけだっつーの」
「うわー、この男最低だよ。あたし傷ついた。渚ちゃんの心は傷つきましたよ」
明良の隣で膨れる少女の名は、高坂渚。明良よりも2歳年下で、今年の春に高校一年生になった16歳である。
明良の言葉で少し不機嫌になった表情と、ややクセのついた前髪が惜しい所だが、くりんとした長い睫毛の大きな目に、すっきり通った鼻筋が印象的な、中々の美少女であった。
二人は所謂幼なじみの仲で、通う高校では先輩後輩の関係である。先に高校生になった明良を、渚が追いかけていった形だ。
二人の間は友達以上で恋人未満。主に渚が明良を慕って、事ある毎にアプローチをかけるのだが、明良はそんな渚を憎からず思いながらも、持て余している状態なのだった。
今日などは、休日に明良が街をぶらつこうと出掛けた所を、渚が強引にくっついてきた、という次第である。
ぎゃいぎゃいとやり合いながらも、仲良く歩く明良と渚。そんな二人のもとに、今にも泣き出しそうな空が、「ポツリ」と小さな贈り物をした。
「あー、やっぱり来たなぁ」
明良は、雨粒の掠めた鼻先をこすり、言った。
ふと、曇天の空を見上げる。
すると、雲の色が、普通ではあり得ない色をしている事に気付く。
「何だ? 赤…い?」
明良の視線の先には、真っ赤なーー血で染め上げたかのように真っ赤な雲が広がっていた。
それに気付いたのは、明良だけではない。周囲に居る人々も、この異常事態に、戸惑いの声を上げている。
その時だった。
明良たちの踏んでいる地面が、激しく揺れた。
「うわぁぁーーーっ!?」
その叫び声は、明良の周囲全ての人間のものだった。
震度の程は定かではないが、少なくとも、とても人間が立っていられるレベルではない。
明良は咄嗟に渚を庇おうとするが、それすらもままならない程の揺れだった。
その揺れは、あらゆるものに破壊をもたらした。足下の石畳、車道のアスファルト、果ては周囲の建造物までが、ひび割れ、砕け、崩壊してゆく。
そして、明良は、更に信じがたいものを目撃する。