第四話 俺の中の使用人のイメージがこれ
土から生まれた女は手を腹の前に揃え、完璧なお辞儀をしてみせた。
使用人が欲しい、と思いながら作った人形の出来は上々のようだった。
「賢者さんはこういう女がお好みなんですね!」
アンジュが腕組みをして不快そうに言った。
土からできた女の周りを回り、ジロジロと上から下まで見ている。
アンジュの不躾な視線をものともせずに、女は裸のまままっすぐ俺の方を見て立っていた。
「俺の中の使用人のイメージがこれなんだろうな」
俺はこの魔王城を拠点にするつもりでいた。
五十年が経っていたら俺が住んでいた家は売られるか取り壊されているだろう。
魔王城を拠点にするには俺好みに改装しなければならないし、そのためには人手がいる。
アンジュが言うとおり見た目も俺の好みだった。
肩まで伸びた黒髪に、大きく伏し目がちの眼を囲む長いまつげ。
無表情なのもいい。
「創造主様、恐れながらお願いがございます」
土くれから出来た人間は、俺のことを創造主と呼んだ。
間違ってはいないが、大げさだな。
「なんだ?」
「着るものと名前を所望致します」
アンジュの視線を気にしていないように見えたが、やはり裸は嫌らしい。
あまりに無反応だったから魂を込めるのに失敗したのかと思った。
服は作ったことがないが、魔法でなんとかなるだろう。
「名前か、お前はなんと呼ばれたいんだ」
「呼ばれたい名はございません。創造主様に付けていただきたいのです」
「名前……土からできたからテラで」
「ありがたき幸せ。このテラ、ご主人様の為に尽くします」
テラは無表情のまま頭を下げた。
動作は品がいいが全裸だと滑稽だな。
「テラ、ここを拠点にしたい」
「分かりました。では掃除してまいります」
テラは全裸のまま魔王城の瓦礫を片付けだした。
50年前は豪奢に内装を彩っていたであろう細工は擦り切れ、かつての城の一部も今はそっけないレンガのようだ。
服はいいのか?
もっと使用人を増やさないといけないから助かるが。
「よし、じゃああと100人くらい作るか」
「ええ!まだ使用人を作るんですか!?」
アンジュが口をへの字にして抗議する。
腹立つ顔してんな。
なんだこいつ、役立たずは自爆させてもいいんだぞ。
「魔王城を拠点にしたいんだ。綺麗な場所だが、50年も人の手が入ってないから荒れてる。住む場所にするには人手が要る」
「そうですけど~」
「見ろよ、テラ一人だと百年たっても瓦礫すら片付けられないぜ」
テラは崩れ落ちた天井の瓦礫を運び出そうと奮闘していた。
しかし石造りのこの城の瓦礫は重いのか、両手で持ってふんばっても微動だにしていない。
諦めて動かせそうな破片から集めだしたようだ。
「なんですあの女、か弱いアピールですか?私ならあんな瓦礫一瞬で粉にしてやりますよ!」
アンジュはそう言って瓦礫に魔法を放った。
瓦礫は粉々に砕け、飛び散り、煙幕を焚いたようにあたり一面の視界が悪くなった。
「片付けたいんだから粉が飛び散るのもダメだがな。なんだよアンジュ、文句でもあるのか?」
そう言ってアンジュを睨むと、アンジュは横を向いて取り繕った。
「いえいえ、アンジュは賢者さんのやることに口出しなんてしませんよ!」
アンジュにも瓦礫を片付けるように言い、俺は魔法で次々に使用人を作り出した。
最初は見た目や能力にこだわって顕現させていたが、20人を過ぎる頃には飽きてきて、雑になってしまった。
土の色がそのまま肌の色になってしまったやつもいた。
とんでもない不良品になってたら壊してまた作り直せばいいだけだ。
その後百人分の布袋を作った。
頭と腕を通すところに穴を開ければ服になるだろう。
穴を開けるのはテラに任せた。
◇
作業が一段落した俺は魔王城の探索を再開した。
移動し始めた俺を目ざとく見つけ、アンジュが後ろに付いてくる。
「賢者さん、どこに行くんですか?」
「魔王城の探索さ。前に来たとき…五十年前はゆっくり見て回れなかったからな。これだけ立派な城だ。探せば財宝くらい出てくるだろ」
「なるほどなるほど。魔王が隠した金銀財宝!どういうものか興味があります!」
俺が封印されていた玉座は魔王城の四階にある。
入口は二階にあり、侵入者が簡単に入ることはできなくなっていた。
籠城するためなのか間取りがややこしい。
それに広い。
どこがどのように使われていたかは推測するしかない。
調理器具がある場所や、浴槽がある場所があった。
魔物も食べたり風呂に入ったりするんだな。
「まずはまずは、玉座の間!」
玉座の間は四階の最奥にある。
五階までの吹き抜けとなっており、魔王との戦いでも天井が崩れ落ちることはなかったようだ。
俺が封印されていたのは魔王の玉座の手前だな。
ここには財宝の類はなさそうだ。
玉座の間に隠し扉がないということは、宝物庫はおそらく地下だろう。
地下に通じる通路なら、一階にあるはずだ。
「お宝、ありませんね」
「宝物庫は隠されているらしい」
「どこにあるんでしょう」
「さあな。地下だとは思うが」
「いっそ一階の床をぶち抜いて、地下まで穴を開けましょうか!」
アンジュが腕まくりをして構えた。
本当にやりかねない。
「瓦礫が増える。却下」
「残念です。居住区、見張り台、広間、会議室、台所。隠し通路がありそうな場所の候補は、たくさんありますね」
「城の内部構造を見るか」
俺はそういい、魔法を発動させるため呪文を唱え始めた。