第三話 お前とはいい仲間になれそうだ
エルフは手をまっすぐ伸ばして、こちらに向けてくる。
この手を取れってことか。
「イヤだね」
俺は伸ばされた手に唾を吐きかけた。
魔王?初めて会ったキチガイ女の相手なんかしてられるかよ。
何でですか!?とやかましく女が喚く。
「魔王が倒されてからどれくらいたったんだ?」
「五十年ですよ。魔王を倒した英雄、勇者様は国の王となり、身を粉にして民の為につくし、素晴らしい善政を行いました」
考えていたよりは時間が経っていないらしい。
五十年なら勇者はまだ生きてるだろう。
「エルフ、やりたいことがあるんだ。それを手伝ったら魔王になってもいいぞ」
俺は一緒に封印されていた杖をクルクルと回した。
見たところ、持っていた道具も、食料も封印されていた当時と変わらない状態を保っているようだ。
俺のかけた魔法は優秀だ。
「はいはい、なんでしょう?」
銀髪のエルフは耳に手を当てて話を聞くポーズを取る。
そんなことをしなくてもこの距離なら聞こえるだろうに、大げさなやつだな。
「俺を封印した勇者に復讐する」
「賢者さん、やっぱりあなた、サイコーですね!」
一つ言えるのは、《審理の黙示録》を手に入れている俺は、魔王よりも強い。
勇者を倒せば間違いなく世界最強だ。
「勇者が作った国も、守った民も、育てた土地も全部、俺が壊してやるよ」
「いいですね!すっごくすっごく楽しそう!」
少女は心から楽しそうに笑い、抱きついてきた。
うっとおしいが駒は多いほうがいいか。
「お前は俺に魔王になって欲しいんだよな」
「はい!その為ならなんでもしますよ」
「じゃあ契約しよう。これから長い付き合いになるだろうしな。もっとお互いの事を知った方がいい」
分かりました!と笑う少女に契約の魔法を三つほどかける。
まずは盗賊にもかけた、離れたところからでも俺の意志で自爆させられる魔法。
続いてこの少女が聞く音を自由に聞ける魔法。
最後にこいつが俺に殺意をもって攻撃を仕掛けた時に自動的にカウンターが発動する魔法。
本来は俺自身にも同じ魔法がかかる契約の魔法だが、《審理の黙示録》の効果で契約は一方的な物になる。
これでこいつを側に置いても安心だ。
「お前とはいい仲間になれそうだ」
「光栄です!未来の魔王様!」
俺がかけた魔法の効果も知らずにエルフが満面の笑みになる。
バカとハサミは使い様だ。
◇
俺たちはボロボロになった魔王城を見て回った。
魔物が蔓延り、毒で覆われていた魔王城は見る影もなかった。
今の魔王城には、植物が生い茂り鹿やうさぎが草を食みに来ている。
魔王がいなくなってから五十年、城からすっかり毒気は抜けたらしい。
戦いで壊れた天井の穴からは太陽の光が差し込み、荘厳な内装と相まってここが天国だと言われても納得できる佇まいだ。
この調子だと悪魔達の城下町も陽の光に照らされた静養所の様な場所になっているのだろう。
「お前エルフなんだろ?なんで悪魔の真似事なんかしてるんだ?」
エルフを名乗る少女に聞く。
名前はアンジュというらしい。
「悪魔の真似なんかしてませんよ?エルフは楽しいことが大好きです!私にとってこの世界を悪で埋め尽くす、それが楽しいことなんです」
アンジュは顎に手を当て、おおげさに体を曲げながら言った。
「イカれてる」
心の底から言った。
酔狂に付き合ってられるかよ。
「勇者一行として魔王を倒した英雄となったのに、魔王の代わりかのように最深部に封印されていた大賢者、ダエーワ様にはかないません」
「言うねえ」
俺は王都の魔法学校を最年少で卒業し、次の勇者だと噂された。
今度の勇者は必ずや魔王を倒し、世界に光をもたらすだろうと人々は期待した。
だがこの世界の神は俺を勇者に選ばなかった。
腹立たしかったね。
光に包まれた世界に興味なんてないのを見抜かれていたのかもしれない。
ずば抜けた魔法の力を持った俺は、勇者にこそなれなかったが、魔王を倒すための初期パーティに抜擢された。
「とんでもない。お気に障ったなら謝ります」
演技がかった口調でアンジュが恭しくお辞儀をした。
こいつはこれが素の口調なのかね。
見た目も、仕草も、作り物の人形の様だ。
作り物、と言えば確か《審理の黙示録》で命が作り出せるはずだ。
魔王との戦いの前、土壇場で手に入れたこのスキルは、俺自身まだ未知なことが多い。
試せる物は試してみよう。
魔王城の中庭に出て、魔法を発動させる。
「《審理に問う、我、命を望む。黒き土より生ずる白き肉、赤き血、青き魂を望む》」
目の前の土くれに向かって呪文を詠唱する。
俺が封印される前、命を魔法で作り出すことは禁じられていた。
魔法学校にいた頃、五十年以上前になるのか、に魔法で生身の人間の様に動かせる絡繰り人形が解禁された。
絡繰り人形はどのように振る舞い、考えるのかを製作者が術式で木の人形に書き込み、それに購入者が魔法を込めて動かすものだった。
それは魔法が切れれば動かなくなる血も涙もない文字通りの木偶の坊だ。
《審理の黙示録》ではそれとは全くちがう最初から術者の望み通りの姿、中身を持った人間が作り出せる。
「禁断の魔法ですね。なんでもありありのチートスキル。間近で見られるとは、感激です!」
土くれは段々と人の形を成した。
黒かった土が白くなり、肌を作る。
目も口も髪の毛もないのっぺらぼうのような真っ白い大きな人形に、更に土が集まっていきディティールが造形されていく。
数分後、そこには全裸の女が立っていた。
「はじめまして、創造主様。土くれに命を吹き込んでくださったこと、感謝致します」