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孤独の辺境騎士団  作者: おんすい
第3章 水の都ヴォダ
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第48話「黒蛇⑤」

 ヴォダのすぐ近くには少し高い山が連なる。そこから吹き下ろす夜風は、少し肌寒く感じた。灯りも人気もない居住区域はとても静かだった。強烈な爆発音を響かせるまでは。


 「なんだァ? 久しぶりの外だってのにィ、まさか乱闘になるとかないよなァ……」

 「……あの猫女が誰かが来ているとは言っていたが……」


 マルカスは腰の短剣を引き抜いた。


 「おいィ、自分だけ得物使うなんて狡い真似をォ……」


 と、言われてマルカスは慌ててもう一本の短剣を引き抜こうと縛っている紐を切ろうとした時、トロイがそれを制した。代わりに彼は地面に拳を叩き込むと、盛り上がった石畳の道路の石の塊を一つ手に取り、これでいいと言った。


 「そんなんで戦うのか?」


 マルカスの質問にトロイは鼻で笑った。


 「はっ、わかってねェなァ……俺は死なねェ、だからなんでもいいんだよォ……それにィ、結構な歳だからあんまり動けねェ。一撃必殺を狙うならこのくらいの質量はねェとなァ」


 と、嬉しそうに石を眺めている。確かに二十年前に活躍していた彼は、もう既に四十は超えているだろうか。こうして話しているとあまり感じさせないが、時折見せる彼の心の中は、ボロボロで弱っていて年老いていた。

 と、臨戦態勢を敷いていた二人の真上から一つの影がしなるように落ちてきた。


 「そこの人ー! あぶにゃいにゃー!」


 マルカスとトロイは慌てて横に跳びのき、上からの影は音もなく地面に着地する。


 「大丈夫だったかにゃ……ってにゃー!」

 「チッ」

 「お前はさっきのぼったくり猫女……!」


 なんと上から来たのはあの情報屋の猫女だった。


 「なんでこんなところに?」

 「そうだったにゃ、二人とも早く逃げるよ!」


 猫女は二人の反応を待つこともなく走り出した。マルカスは慌ててそのあとをついていこうとするが、なぜかトロイは走ろうとしない。


 「おい、早く行くぞ」

 「……けっ、お人好しかよ」


 トロイは上を見つめた。


 「来るぞ」


 突然、空に黒い影が舞った。

 トロイは狙っていたかのように高くジャンプして、その影を蹴り落とした。

 人間離れしたその技に思わず固まる。しかし、彼の足は限界を優に超えており、ひび割れて血が流れていた。

 マルカスはその落ちてきた影の顔を確認する。


 「……! まさか」


 マルカスは先程の猫女の言葉を思い出した。外にハイドという男が……


 「お前が……?」


 影の男は顔面から落ちたのにも関わらず、すぐに立ち上がり、マルカスとトロイの姿を確認する。


 「……動いたら殺す!」


 マルカスは短剣を前に構え、真っ直ぐ首を狙う。

 トロイも石を握り直し、脳天を見つめる。


 「……邪魔だ」


 影の男はマルカスに襲いかかる。マルカスは男の拳を避けると、素早く首元に斬りかかった。

 しかし、高い音が響いて、マルカスは反撃の蹴りを食らう。


 「うぶっ……」


 みぞおちに決まり、倒れこむところをもう一度蹴り飛ばさせる。しかし、すかさずトロイが背後から殴りかかる。

 だが、男は見えているかのようにかわすと、横腹に回し蹴りを入れる。バランスを崩しているトロイは反撃できず、顔面に膝蹴りを食らって倒れた。

 動かない二人を見て男は猫女の後を追うように走り出す。

 マルカスはそれを見て、走る背中にナイフを投げつける。しかし、それも高い音が響き、弾かれる。


 「……マルカス、奴に喧嘩を売るのはァやめておけ」

 「……なんでだ」


 ジワリと痛む腹を押さえながら立ち上がる。


 「奴はァ、肉体を変化させる能力なんだァ」

 「肉体変化?」

 「さっきみたいにィ、身体の一部を石とかに変えられる能力だよ」


 マルカスは自分の短剣を拾い、その刃を見た。

 まるで石に叩きつけたようにボロボロになっており、その能力の高さが伺える。


 「それじゃあ……あの人は」

 「あァ、あいつなら多分問題ねェ」


 見た目はただの情報屋で、数々の権力のある男たちを落としたような目つきをした女が? まさかあの見た目で戦えるのか?


 「……無理だろ……俺は行くぞ、ついでにあの男についても知っておきたい」

 「けっ、勝手にしろォ」


 マルカスは道に飛び出した。さほど時間は経っていない。まだ近くにいると踏んで辺りに目を凝らす。


 「……居ない……くそっ」


 人影どころか人の気配すらしない。おかしい。

 街灯には火が灯っていて、街を薄く照らしている。


 「誰が火を付けた」


 舗装されていない地面には馬の蹄の跡が。


 「誰が乗っていた」


 店の幕を開けて果物を売っている。


 「誰が」


 おかしい。人が居ない。前から、ではなく、今消えた。人通りが少ないとはいえ多少なり居たはずだ。


 「何故」

 「君は何者だい?」


 左胸に強い衝撃が走った途端、目の前が真っ暗になった。




            *




 最強、最強、最強、最強、最強、最強。

 何度も聞いてきた。

 何度も確信した。俺は強いと。

 実際そうだった。喧嘩は負けたことがない。戦いに出ても一方的な殺戮。仲間に止められるほどに。

 それは敵の姿を見ていたからだ。大きい小さい高い低い太い細い。視覚で相手の情報を得ていた。

 だがどうだ。視界を塞がれたら。いや、五感すべて失ったら……!


 見えない、聞こえない、感じない、臭わない、味がしない。


 脳裏に先程の肉片が映る。初めて感じる恐怖だった。身体が震えている、はずなのに。逃げたいはずなのに!

 身体の感覚は無い。鼓動をしているのかさえ定かでは無い。


 「……!」

 「ーーーー」

 「……! ……!」

 「……」

 「!? !!!」






 一つの炎が消えた。

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