俺はこれからどーすればいいのだろうか?
嫌な意味での注目を浴びながら、俺はギルドの扉を開け放ちいそいそと外に出ていった。
後ろからは相も変わらず、メガーメガーと叫ぶコモンの声が聞こえてくる。
取り合えずギルドから逃げるように離れるため足をどこへともなく動かす。
ところでラビ君一体何したの?
『なーに。ちょいと闇魔法を応用して、ね』
クククッと、つぶらな瞳からは想像もつかないようなゲスの笑いを浮かべるラビを頭から降ろそうと、俺はそっと手を掛けた。
『ヌ、ヘルトは何故ワシの身体に手を掛ける』
チミが怖いからだよ。
キミとはここでお別れだ。
『ヌ、何ゆえ?』
何ゆえって、闇魔法っていう明らかに不穏なワードをキミが発したからだよ。
『ヌ。ヘルトはワシの主ゆえ何ら影響はないので心配するぬい。……多分大丈夫』
……じゃあな。
短い間だったけど、悪くはなかったよ。
『冗談じゃ、冗談! 冗談だから引っ張るのは止めるがよろし!』
うるせー!
冗談でも目の前であんなことを見せられたらシャレになんないと考えるのが普通だろうが。
チミは僕に捨てられてもきっと一匹で生きていけるさ。
僕はどこぞで野垂れ死ぬから心配はしておいてほしい。
『主の都合の良い欲望はひとまず、だ。ヘルトは案外臆病なようだ』
……はんっ、何言ってやがる。
こちとら生まれてこの方、スキルなし才能なし彼女なしの三重苦だぜ!
生き残るためには、臆病にもなるであろうが!
……俺って神様に嫌われてんのかな、悲しくて言葉使いがおかしくなっちまった。
『威張って言うことではござらんだろうに。彼女、とは恐らく番のことだろうが、それは単純にお主の問題であろ。それ以外については御愁傷様でござる』
その口調は俺を煽ってるようにしか聞こえないぞ。
『煽っておるのだ……って、ちょっ、毛を引っ張るでない、角をもごうとするでない』
ここの部位が一番高値で売れそうだ。
『主はこんな幼気なウサギを素材として売るおつもりか!?』
幼気なウサギは闇魔法とか使わないだろう。
『……主は臆病であろうが』
自覚してるじゃねぇか!
サラッと流しやがって。
『いや、まあ、それは置いといてじゃな。ヘルトはオークに立ち向かったであろ?』
……それはチミが闇魔法使いのウサギだとは思わなかったんでね。
『ワシはウサギではないのだがな。まあ、それも置いといて。主は臆病であろうが、ただの臆病ではない』
……臆病は臆病だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
『いーや、ワシはそうは思わない。なぜなら主は、ワシと出会った』
……それが?
『ただの臆病であれば、ワシと出会うことはなかった。ワシを囮にオークから逃げ仰せ、次の日以降も何ら変わりない日々を送っていたのであろうよ』
……ギルドから追い出されたけどな。
『それは正直どうしようもない』
匙投げちゃった。
『うむ。まあ、だから何だ。何が言いたいかというと、主は臆病でありながら勇者足り得る者でもあるということじゃ』
……それは、随分と大げさだな。
たかがオークとやり合っただけだ。
『いーや、違う。それは程度の問題に過ぎない。いいか、よく聞け。世には100以外では動けぬ者が多数いる。確実な選択しか選べず、100を切った場合は全て0として動かない動けない者。所謂ただの臆病者がな。しかし、ヘルトは違う。主は1からでも動くことを考えられる。100以外でも動くことが出来るのだ』
……そんなの多分たくさんいるぞ。
『うーむうむ、さもありなん。しかしだな、スキルなし才能なし彼女なしの状態で動ける者がいるかというと、ワシはそうは多くないのではないかと思うのだ。誰がヘルトは甲斐性なしだとか言おうと、それがワシの意見だ』
……何か釈然としないが、どうもありがとうよ。
一言余計だがな。
『うむ。こちらこそ勇敢な臆病者である主のおかげで主に会えた。非常に感謝している』
……はあ、もうウダウダ言ってもしょうがない。
ラビ、取り合えずよろしく頼む。
『うむ』
見た目ウサギとこんなやり取りをして周りからは若干変な目を向けられていたことに俺は気付いたが、それが気にならない程度には心が晴れたような、そんな気がした。
――――――――――――――――――
これからどうする?
『うーむ。正直ワシはちょっと魔法が使えるだけのただのウサギであるからして、皆目見当がつかない』
お前さっきウサギじゃないとか言ってただろ!
都合の良い時だけウサギを持ち出すな。
『……キューキュー』
てめ、こらっ。
「す、すいませーん?! ど、どなたか! どなたかお願いします!? 助けてください!! どうかどうか……」
未だ自分の足で動かず頭の上に乗っかっているラビと今後の話をしつつ、ともすれば未練がましく見えるかもしれない感じで街を歩いていると、きれいなソプラノが聞こえてきた。
声の感じを聞くと大分切迫しているようではあるのだが、一体何事だ。
周りの通行人は我関せずといった表情で素通りしている。
血も涙もないのかチミらは!
と言いつつ俺もどうしようかと迷ったが、一先ず彼女の近くまで行くことにした。
『ほれ見ろ。奴らはただの臆病者、ヘルトは三重苦の勇敢者』
売り捌かれてーか?
『……一体何があったのであろ?』
……さあな。
「キャッ?!」
『む』む。
ソプラノの主が見えるところまで来ると、あと十年もすれば美女になることが確約されているような少女が、柄の悪い男どもに絡まれている様子が見えた。
「おい、もう諦めな! へへッ」
「そうだぞ! お前の母親はスゲス様に頼らなければ助からない! なーに簡単さ。お前とお前の姉がスゲス様の元に嫁げば助けてやるって言ってるんだ!」
「……ううっ」
「そうだ! 思い出してみろ! お前が頼った冒険者はスゲス様の名前を聞いた途端に、へっぴり腰で逃げ出しただろう! それに、見ろ周りを! 奴らもお前を助ける気なんてないんだよ!」
男どもが辺りをギロリと睨むと、通行人はスタスタと足を早めて去っていく。
「……ううっ。それでも、諦めない! 絶対にまた、お母さんとお姉ちゃんと3人で過ごすんだ!」
「分からねぇやつだ! おい!」
「おう!」
「母親がどうかしたのか?」
「……えっ?」
「あん?」
「んだぁ?」
男どもが手を上げたのを見た俺の脚は無意識の内に少女の方へと動きだし、これまた無意識に口を開いていた。
少女はぽかんと、それすらも絵になるような表情で俺を見た。
対して男どもは眉をしかめ、面倒だと言わんばかりに顔を歪めた。
『……やはりただの臆病者ではないではないか』
何故か少し自慢気に頭に響いたラビの念が、何ともむず痒く若干腹立たしかった。