俺は街に入る
「ただ、手に持つ肉についてはともかく、頭に乗っている子は、このまま通すことが出来ないぞ?」
ガイリーさんが俺の頭に乗っているウサギについて、注意を促してきた。
何でだ、と抗議するように俺のこめかみのあたりを、足でペシペシ叩くウサギ。
まあ、ガイリーさんの立場からしてみれば、普通の対応だ。
だから、暴れるのはやめてくれ、ウサギくん。
いくら可愛らしい見た目をしていると言っても、下手に街に入れて問題が起こったなんてことになれば、通した門兵の責任にもなる。
当然と言えば当然かもしれない。
こういった場合は、二通りの対応になる。
モンスターを従えている人物に対しては、資格を持っているか、つまりモンスター使いの才能を持っているか。
さらにモンスターを制御できているか確認した上で、誓約をさせなければならない。
何かしらの損害が出た場合は、その責任を負うという内容だ。
ちなみに誓約の作業を行うのも、才能を持っている者だ。
んで、動物を同伴させる場合は、単純に飼い主の言うことを聞くかについて確認し、同じく誓約をさせる。
この二つなのだが。
「その子は動物、なんだよな?」
「……ええ、多分」
見た目はウサギなんだが、角生えているんだよな。
ウサギっぽいモンスターもいるのだが、人間の頭に乗るような大きさではない。
肉食獣のような獰猛さで、主食はオークと、可愛らしさが全くない。
ガイリーさんと、俺の頭の上に鎮座したやつの正体について思案している時だった。
『わたしをそこら辺の動物と一緒にするない』
「っ?!」
「む、どうしたんだ?」
「いや、今声が……」
「声……?」
『おい、ヘルトとやら』
「っ?!」
「?」
ガイリーさんが、俺の様子を見て不思議がっている。
聞こえてないのか?
「声なんて聞こえないんだが……」
やはりガイリーさんには聞こえていないようだ。
というか、この声の正体はもしかして……。
『そこな男には聞こえないぞ。ヘルトの頭に直接、話しかけているからな』
俺の頭に乗っているウサギ……か?
『ウサギではない』
うお?!
俺の考えが分かるのか!?
『うむ。分かるようになった、というのが正しいがな』
「……大丈夫か?」
先ほどからの俺の様子を不審に思ったのか、ガイリーさんが訝る。
「え、ええ!大丈夫です!」
「……大分疲れているようだな。まあ、その子はモンスターに見えないし、動物として扱っても構わないだろう。見たところ大人しいみたいだし、誓約を行なってもらえればいいよ」
何だかガイリーさんに心配されてしまったようだ、俺の頭を。
確かに疲れているが、変になっている原因の大部分は、頭に乗るウサギのせいなんだが。
ってか、ちょっと首いたくなってきた。
『ウサギではない』
そいつはまた、俺に語りかけてきた。
ウサギじゃないなら、何なんだ。
『それは言えない』
ふうむ。
でもウサギではないと。
『そうだ』
まあ、頭に直接念みたいなのを送ってくるようなやつが、ただのウサギなわけないか。
『分かってもらえたか』
声には満足そうな響きが乗っかっていた。
名前とかあるのか?
『……ラビ、とでも呼べばよろし』
ラビ、な。
分かった。
どうせテキトーに考えた偽名だろ?
ラビットでラビとか。
『……そんなことは、ナイのだー』
そういうことにしとこう。
あと、声裏返っているし、キャラがブレているから気を付けた方がいいぞ。
まあ、俺にしか聞こえないんだったら、心配する必要もないだろうが。
『……ヌ、ヌゥ』
俺が頭の中で、ラビとそんな話をしていると、ガイリーさんが誓約に必要な人物を連れてきた。
その人物は、俺に筆と書類を渡してきた。
「……この紙にサインしな」
誓約の才能を持っているのだろう女誓約士が、ぶっきらぼうに告げてきた。
鋭く切れ長な目線は、俺の頭上の方に向いている。
俺の頭に何かあったか?
『あるだろう』
そりゃ、そうだよな。
しかし、それにしても、まるで礼儀がなっていない。
人と話をする時は、相手の目を見ろと教わらなかったのか。
ローブ越しでも分かるほど、豊かに膨らんだ部分に視線を向けながら、俺は憤慨した。
『……ヘルトは欲望に忠実なようだ』
呆れを多分に含んだような声が聞こえたが、気が散るので邪魔しないでほしい。
「ヘルト、と……」
俺は渡された筆で、自分の名前を乱雑に書き殴った後、女誓約士に書類を渡した。
女誓約士は俺のサインを見て、少し顔をしかめたが、誓約を行うに問題はないようで、何も言わずに才能を使い出した。
才能やスキルを使う際は身体が淡く光るので、結構分かりやすい。
何をやっているか検討がつかないが、作業は進んでいるのだろう。
才能やスキルは、取得したその瞬間に、使い方を理解出来るらしい。
らしい、というのは俺にその瞬間が訪れなかったからなのだが。
うん、悲しい。
「……終わりだ」
ポツと呟いた女誓約士は、書類を大事そうに服の中に入れると、俺を一瞥して去っていった。
クールビューティー。
俺も服の中に入れてくれ。
「よし。あとはこの証を、その子の身体につけてくれ」
少し呆れた様子のガイリーさんに渡されたそれは、幾何学模様の描かれた赤いリボンだった。
ラビ、どこにつけてほしい?
『……そんなもの、私はつけない』
首な、了解。
『は、話を聞け!』
じたばたと、短い手足を動かすラビに少し苦戦しながらも、誓約の証を身につけさせた。
「出来たみたいだな。今日は帰って、ゆっくり休むんだぞ?」
「はい。そうします。ありがとうございました!」
俺は最後に、ガイリーさんに頭を下げ、街へと入っていった。
後から思えば、お気楽な笑顔でこの街に入るのがこれで最後になるとは、この時の俺はまだ知らなかった。
だからいつも通り、のんきにガイリーさんに挨拶し、街に入っていったのだ。
しょうがない、俺はただの人間なんだから、あんなことになるなんて知るよしもないんだ。
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門から中に入った瞬間、いつも通り目に入ってくるのは、街の中心に建てられた大きな建物。
冒険者ギルド・ローラン支部。
ローラン支部は、本部に次いで大きな規模となっている。
街には住民も多く、大変賑やかだ。
かなり都会的な街と言えるだろう。
俺はギルド員になることの出来る十五歳から、ここローランを拠点に活動していた。
父親が一時期、ここで暮らしていたことがあって、知り合いも何人かいると聞かされていたからだ。
ガイリーさんも、その一人。
全く知り合いのいない場所で活動するよりかはきっとマシだろうと、十五の俺なりに判断した結果だ。
俺は人混みに苦戦しながら、ギルドへ向かっていく。
今日の成果を報告するためだ。
まあ、いつも通り無難にポックル草を集めただけなので、あまり期待は出来ないが。
オークの討伐報酬があるだけ、今日はマシだと思うことにしよう。
人混みを抜け、ギルドの前に着いた俺は、年期の入った木製の扉に手を掛けると、そのまま開け放った。
中は街の人混みほどではないが、まあまあ混雑している。
少し時間は早いが、俺のように仕事帰りの冒険者が多い。
もう少し後になると、さらに人が増えることだろう。
心なしか、俺が入った瞬間、いつもよりザワッとしたような気がした。