俺は懐かれる?
オークの頭に突き刺さった剣を慎重に抜く。
血やら何やらですごいことになっていた。
帰ったら手入れをしなければならない。
安物の剣だが、俺にとっては大事なものだ。
主に、そんなポンポン買い換えることが出来るほど稼げていない、という意味で。
底辺ギルド員は、懐も寂しいのだ。
俺は一先ず、そこら辺の地面に落ちている葉っぱを三枚ほど拾い、それで拭き取れるだけ拭き取った。
何もしないよりはマシなはずだ。
剣を鞘に納めた俺は、改めて事切れているオークに向き直った。
デカイ。
対峙している時は意識していなかったが、二メートルは確実に越えている。
運が良かったとはいえ、よく倒せたもんだ。
しかし、さてどうしたもんかと、俺はオークの前で少し、途方にくれる。
オークは割りと良い値段で売れる。
あくまで、駆け出しのギルド員程度にとっては、という注意書きがつくが。
味がまあまあ美味しいため、食用肉として広まっているのだ。
せっかくだから、いくらか切り分けて持って帰りたいが、ポックル草を入れるための布袋くらいしか持ってきていない。
マジックポケットなんていう、超高級アイテムを持っているわけもなく。
少し考えて、安物のナイフを懐から取り出し、カバーを外した。
結局俺は、討伐部位である鼻と、片手で持てるくらいの肉を、苦戦しながら何とか切り分けて、後は放置しておくことにした。
放っておけば自然に還るだろう。
ナイフをカバーに納め懐へ戻し、生肉と鼻を持つ。
素手で持つのきついな、臭いが。
「っと、そういえばあのウサギを助けてやらんと」
大変な目にあった目的を思い出した俺はそのまま、ウサギが罠にかかっていた場所へ振り返る。
まだ罠にかかった様子のウサギが、俺の視界に入ってくる。
ウサギはこちらをじっと、見つめていた。
すると次の瞬間、驚くべきことが起きた。
「キュッ」
ガシャンっと、ウサギはあっさり罠を外した。
力づくで外した反動か、金属の破片が周りに飛び散る。
「は?」
自らを罠から解放したウサギは、伸びをした。
その後にケシケシケシと、のんきに後ろ足で身体をかいている。
俺は口をあんぐり。
なんだあれ。
あんなにあっさり外せるんだったら、とっとと抜け出せよ。
そうすればオークと戦うこともなかったのに。
弱ったー、みたいな感じでさっき鳴いていたのは演技か?お?
中々上手いじゃねーか。
普通に騙されたぜ。
「キュッ」
かゆいところがなくなったのか足を降ろし、満足げに一鳴きすると、そいつは何とこちらに近づいてきた。
地面に落ちている葉っぱをかき分け、前足ごと身体を伸びしを幾度も繰り返す。
うん、やっぱり可愛いな。
助けて良かった、俺の精神衛生上。
俺はとりあえず、視線はそいつに向けたまま、身体を動かさないでおく。
そいつはやがて、俺の足下に来ると。
「キュー……」
クリクリっとしたライトブルーの瞳で、俺の顔をじっと見上げてきた。
お?何だやるのか?
俺はやらないぞ。
可愛いからな、お前。
ん、よく見ると頭から小さな角が生えているな。
チミは本当にウサギなのか?
「キュッ」
ウサギ(?)は何かに納得するかのようにまた一鳴きすると、何と俺の足に飛び付き、そのまま身体をよじ登ってきた。
「おいおい」
俺はそいつが落ちないよう、生肉を放り出すことで自由にした手を、気持ちだけ後ろから添えてやる。
そいつは結局、俺の頭の上まで登りきると。
「キュキュッ」
ここが定位置だと言わんばかりに、鳴き声をあげた。
前足でペシペシと、俺のこめかみ辺りを叩いてくる。
何だ?
なぜか、なつかれたようだ。
まあ、可愛いからいいか。
俺はさせたいようにさせてやることにした。
可愛いは正義だ。
でも、そこで糞とかはしてくれるなよ?
改めてオーク肉と、放置していたポックル草を忘れずに回収し、もう何もしたくなかった俺はフジタケ森を跡にするべく、いつもの出入り口へと向かっていった。
数分かけてフジタケ森から脱出し、拠点にしているローランの街へ戻ることにする。
フジタケ森の百メートルほど西にある、整備された街道にたどり着いた俺は、そこから北の方向に二十分ほど歩いて、街の傍まで来た。
頭で行儀よくしたままのウサギは、俺が足を踏みしめるタイミングに合わせて、キュッキュッ、キュッキュッと鳴いていた。
南門に近づき、人の列に並ぶ。
門兵は任務に忠実に、街に入る人物の身元の確認を行なっていた。
相変わらず、ガイリーさんは真面目である。
「あん? なんで俺が入れないんだよっ!?」
「君はここ一月以内に犯罪歴がある。罪は軽いものだが、決まりは決まりだ。この街には入れない」
「……っざけんなよ?! 俺が誰だか分かってんのか!? C級魔法ギルド員のサンシタ様だぞ?!」
「残念ながら、君が誰でも関係ない。これ以上騒ぎ立てると、罪が1つ増えることになるが」
「くそがっ?!」
サンシタとかいうやつは、ガイリーさんに悪態をつくと肩をいきらし、列から外れていった。
何でああいうのって、あんなに威張り散らすんだろうな?
まるで不思議だ。
威張るより下手に出る方が、絶対に得だと思うんだけどな。
分からん。
ガイリーさんはその後も、淡々と受付を行なっていた。
うーん、やはりこれだけ大きい街の門を任されているだけあり、素晴らしい仕事ぶりだ。
まさに出来る男といった感じである。
俺もガイリーさんみたいになりたいもんだ。
列が少しずつ捌けていき、やがて俺の番になった。
「先ほどぶりです」
俺はギルド員証を手渡しながら、ガイリーさんに帰還の挨拶をした。
「ああ、ヘルト君か」
ガイリーさんと俺は、ちょっとした知り合いである。
まあ、毎日この門から出ていれば、誰でも自然にガイリーさんと知り合いにはなるが。
それとは別に知り合いなのだ。
「毎日ご苦労様」
ガイリーさんは、俺が持たざる者だと知っているのに全く態度を変えない、数少ない人物のうちの一人だ。
人間が出来ている。
俺が毎日、ポックル草の採集に精を出していることも把握している。
「ありがとうございます。ガイリーさんもお疲れ様です」
「ああ。ところで何だい。随分と可愛らしい動物を連れているね」
俺の頭上に視線を向けながら、ガイリーさんはいつもと違う光景に言及してきた。
「後、おどろおどろしいものを手に持っているな」
俺が手に持つオークの肉についても、付け加えてくる。
「ええ。フジタケの森で色々ありまして」
思い出したら、どっと疲れが出てきた。
今日はもう、帰ってとっとと休みたい。
その前にギルドに行かないと行けないが。
「……そうか。大変だったみたいだな」
俺の雰囲気に気付いたのか定かではないが、労りの言葉をかけてくれた。
本当に人間が出来ている。
どっかの誰かにも見習ってほしいものだ。