俺は襲われる
「あんたがギルドマスターになりたいだって?ムリムリ。笑わせるな」
「持たざる者のくせして夢を見すぎなんだよ」
「精々、ポックル草拾いをやっているのがお似合いだぜ?」
「あんたの親父が泣いてるぞ」
「「ハハハハハ」」
一人の少年をバカにする彼らは、少年よりも後にギルドに入った者たちだった。
少年は何も言い返さず、手を固く握り締め、ただただ彼らを強い眼差しで見つめていた。
それしか出来なかった。
少年の父親は、俗に言う英雄。
命をかけて一つの街、ひいては国を救った。
彼が次のギルドマスターに最も近いと言われている人物だっただけに、周囲はその死を残念がった。
そして行き場のない彼への期待は、息子である少年に向かった。
少年は幼い頃いつも、勇敢で力強い父親の姿を見ていた。
いつからか、自分も父親のようになりたいと思うようになっていた。
父親がいつも口にしていた、ギルドマスターになるという目標。
いつしか、自分の目標にもなった。
それは、少年を縛り付けた。
呪縛のように、呪いのように。
周囲までも巻き込みながら。
やがて膨れ上がった人々の思いは、少年にとって余りにも残酷な形で弾けることになる。
腫れ物を触るようで、しかしてその真意は軽蔑。
大多数の人々が、少年への接し方を変え。
また、初めから悪意をぶつける。
まるで裏切り者だというように。
勝手に期待していたのは、彼らだというのに。
少年に残ったのは、ギルドマスターになりたいという思いだけだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「見つけた!」
今日の飯の種を見つけた俺は思わず、喜びの声をあげた。
ポックル草。
魔力回復ポーションの原材料となっている、生で食べるとものすごく苦いだけのこの薬草。
需要が高く、常時買取り素材としてギルドで指定されており、これまで一度も値崩れしたということもない。
そのため、駆け出しのギルド員にとっては大変ありがたい素材で、ある意味では最低限の生活を保障してくれるものだ。
危険がほとんどない、フジタケ森の浅い場所でも取れるっていうことも、ポイントが高い。
これを十房も集めれば、一食分の食事代になる。
あと五房ほど見つければ、今日一日の食費だ。
「よっしゃ、頑張るぞー……」
空元気の声をあげた俺は、語尾が萎んでいくのを自覚した。
「はぁ……」
何だか悲しくなってきた。
いつか俺も上位のギルド員になって、難しい依頼もバンバンこなして、やがてギルドマスターになる。
そう思っていたのは、どれくらい前のことだったろうか。
いや今も、ギルドマスターになる夢は決して諦めていない。
地道に鍛練も続けているが。
だが、分かっている。
気付いてしまっていた。
自分が底辺ギルド員だっていうのは。
そして、ここから這い上がるのは、恐ろしく困難だということも。
このポックル草拾い、別名、冒険者ギルド員はじめてのお使い。
日々これを続けて、はや九年。
後少しで大台に乗る。
悲しいことに、俺はついに二十の半ばを越えてしまいそうだ。
良い大人が、ちっぽけな草を見つけて喜んでいるのだ。
たまに無性に虚しくなってしまうのは、俺が歳を取ってしまったということなのだろうか。
切ない。
しかし、ギルド員でいたい俺が食べていくには、これしか方法がないのだ。
才能もない、スキルもない、うだつも上がらないの三拍子揃った俺では、最大でもゴブリン三体を相手にするのが精一杯。
ゴブリンを相手にするくらいなら、ポックル草を拾っている方がましなのだ、報酬とかリスクとか考えると。
俺にあるのは使い道のない、膨大な魔力だけである。
魔力量はギルドマスター級、とはよく言われたものだ。
もちろん誉め言葉、なわけはない。
いや、最初は誉められているのかなと、一縷の望みをかけて喜んでいたものだが、ギルド員になって一年ほどして、近所の子供たちに「魔力おバカ」と言われ、やっぱりと悟ってしまった。
全くもってしつけがなっていないと、思わず気持ち悪い動きをして恐がらせてやりながら、そいつらを追いかけようとしたが、何とか踏みとどまった。
魔力は、才能やスキルを発揮する際にのみ消費されるもので、それらを持っている者からすると、あればあるだけ便利だという。
才能やスキルは、七歳と十歳の誕生日の時に神様から贈られるもの、だと言われている。
実際の原理は未だに不明なので、神様から贈られるということにしているらしいが。
まあつまりは、才能やスキルを手に入れるチャンスが、二回あると思えばいいだろう。
んで、俺は。
神様に嫌われているのか、何なのかは知らないが。
何と、どちらの時も得られるものがなかったのだ。
皆無である。
俺より後にギルドに入ったやつは、その才能やスキルを駆使することで、少しずつ難しい依頼に挑戦し、やがて俺より先にポックル草拾いから卒業していく。
俺をバカにしていくオマケ付きで。
俺が得られたのは、生まれつき誰でも持っている魔力だけ。
この無駄に多い魔力を活かせるような何かは、手に入れることが出来なかった。
残念ながら、魔力を持っているだけでは全く意味がない。
宝の持ち腐れというやつになっていた。
ちなみに、そういった才能やスキルを持たない者のことを、人々は畏怖(笑)を込めて、こう呼ぶ。
゛持たざる者゛と。
びっくりするほど、そのままだ。
考えた奴は、よっぽどセンスがなかったか、考えるのが途中でめんどくさくなったかの、いずれかだろう。
多分、後者だ。
持たざる者の割合は、決して高くない。
せいぜい十万人に一人とか、そのくらいの割合だと言っていた。
つまり俺は、選ばれし者なのだ!
分かったか!
森の地面に咲いていた白い花に向かい、俺は胸を張って力説した。
「ウヴォォォー!!!」
そんな間抜けなことをしていたから気付かなかった。
後ろから危険が迫っていたことに。
「んなっ?!」
オークだと?!
フジタケ森でオークが出るなんて聞いていないぞ?!
どっから出てきた?!
相手との距離は凡そ、十メートル。
明らかにこちらに気付いているようだ。
荒い鼻息を響かせ、毛に覆われた二足歩行のモンスターが寄ってくる。
「くっ?!」
俺はなりふり構わず、その場から逃げ出した。
足で踏み締めた地面から、土を削る音と小枝がパキポキ折れる音が聞こえた。
デコボコした道とも言えない道、森の中にポツポツと立つ木々の間を、つまずかないように気を付けながら、潜り抜けていく。
焦りか緊張で、息が荒くなってきた。
かなり。
かなり無理をすれば、オークを相手に出来なくもないだろうが、大分リスクが高い勝負になる。
避けられるのなら、避けるが吉。
幸い奴の動きはそこまで速くない。
逃げ仰せることは可能なはずだ。
ガシャン。
このまま逃げ切ることが出来ると思っていた俺の耳に、金属を無造作に動かしたような音が飛び込んできた。
「キュー……」
ウサギ、か? 見た目は。
罠にかかったようで、動けない状況らしい。
今の音は、罠から抜けようとして出したものか。
ガツンと頭を殴られたような衝動。
あいつを囮にすれば、俺は安全に森の出口へ戻ることが出来るのでは。
そうだ。
俺は悪くない。
悪いのはオークと、そんなところで罠にかかってしまっているウサギだ。
幸いポックル草も、今日の夜飯を賄えるくらいには集まっている。
こいつをギルドで売って、最近覚えた酒でも飲みに行こうじゃないか。
もちろんその分、飯の量は抑え目にしないといけないけどな。
なんて思っていたが。
俺の足は自然と、罠にかかった哀れな獲物の前で止まっていた。
うん、やっぱり無理である。
『逃げたっていい。ただ、後悔だけはするな』
いつだかに、逃げずにいなくなった誰だかに、言われた言葉が頭を過った。
余談ではあるが、俺はこう見えて意外と、可愛いもの好きなのだ。
こいつを見捨てて逃げた日には、しばらく夢に出てきそうである。
「ウヴォー」
ドスドスと、重い足音を響かせながら巨体が迫ってきた。
俺はシャランと、腰の剣を抜く。
大丈夫だ。
死にはしないはずだ、きっと。
慎重にいくぞ。
「キュー……?」
カシャン、と音を鳴らしたウサギが鳴き声を出す。
待ってろよ。
とっととこいつを倒して、罠から解放してやる。
「ウヴァー」
オークが、人間の二~三倍の太さはあるだろう腕を振り上げて、俺に殴りかかってきた。
固く握りしめられた拳は、それ相応の威力を持っていそうだ。
まともに当たれば、一溜まりもないだろう。
幸い動きはそこまで速くないので、半歩踏み込んでかわす。
俺の頭の数センチ上で、空を切った毛むくじゃらの腕が、その先にあった木に衝突する。
衝撃で木の葉が舞う。
メキメキと、木の音が鳴った。
やはり当たったら、一発アウトである。
すれ違いさまに、剣でわき腹の辺りを切りつけるが、分厚い脂肪に阻まれて通った様子がない。
柔らかい部分を狙わなければ、まともなダメージを与えるのは難しそうだ。
となると、目とかを狙わないといけないか。
「ヴァー」
オークはこちらに振り返り、再び腕を引き絞る。
俺は地面に足を取られないよう、気を付けながらバックステップし、オークとの間合いを広げようと試みる。
引き絞った腕を元に戻し、詰めてくるオーク。
俺はさらに間合いを広げようとしつつ、周りを見回して何か使えるものがないか探す。
と、二~三メートル先の木の根元に、小さいが派手な色をした実が落ちているのが見えた。
あれは……。
「ヴォー!!」
俺を現実に戻す声が響く。
よそ見をしている間に、こちらの間合いに入られて来てしまっていた。
「くっ?!」
俺は咄嗟に、右手に持つ剣とともに、そちらの方へ転がり、オークからの拳を避けた。
もう片方の手で、転がった先の地面をわし掴む。
「おらっ!」
こちらに振り返った、オークの顔を目掛けて、土やら何やらを飛ばす。
「ヴォーア?!」
運よくオークの目の中に、細かい粒が入ったようで、異物を取り出そうと両手を顔にやる。
よく狙え!
続けて、派手な色をした実を拾い、口元に向かって投げつける。
「ヴォー、ウヴォーッ……?!」
眼中の異物に苦しみ、鳴き声をあげるオークの口の中に、実が数個入り込んだ。
今度は自らの違う部分から感じた違和感に、オークは動きを止める。
次の瞬間。
「ヴァーーーー?!」
悲鳴をあげるようなオークの鳴き声。
敵ながら同情してしまうような、悲痛の叫び。
俺が奴の口の中に投げ入れたものは、カカッカラの実。
その正体は、単純にものすごく辛い実である。
とれほどのものかと言うと、辛党が食べる料理に入れるような香辛料にも使えないほどの辛さだ。
余りにも辛すぎて、俺がやったようにちょっとした攻撃手段に使われるのが、主な用途となっている。
「アーーーアーーー?!」
オークはえづきながら両膝を着き、口に手をやっている。
俺の存在など忘れてしまっているようだ。
その隙に。
俺は目一杯踏み込んで、丁度いい高さになったオークの目を目掛けて、力の限り剣を突き出した。
「ヴォッ?!」
幸いにもオークの頭を貫通する形になった剣。
念のために剣をそのままにし、急いでその場を離れる。
「ヴォー、ウヴォー?!」
痛みで我を忘れ、最後の力だと言わんばかりに、めちゃくちゃに暴れまわるオーク。
離れておいて良かった。
「ヴォー……」
しかしそれも長くは続かず、やがてその傷は致命傷となったようで。
力果てるように、背中から地面へ向けて倒れこんだ。
ドスン、という大きな音が、オークの体躯を表していた。
俺は近くの地面に落ちていた、手頃な木の枝を拾い、ツンツンとオークをつつく。
しばらくそうしていたが、全く動く気配がなかった。
「ふぅーー」
俺はその場に、腰を降ろした。
心臓の音がやけにうるさい。
でも何とかなったか。
いやしかし、危なかった。
やはりまともに勝負するとなると、かなりの運絡みのようである。
才能やスキルがあれば、ちょちょいのちょいなのだろう。
はぁ。
もう二度とこんなことはしたくない。
少し身体を落ち着かせてから、俺はオークの元に近づいていった。
ありがとうございました
当方の拙作「その箱を開けた世界で」もどうぞお楽しみに