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第7夜

 森を抜けると、そこはホーリー村の反対側だった。少し離れたところからは道があり、石や木でできた背の低い家が両端に並んでいる。小さくてこじんまりとした雰囲気のある村だ。

(ここが風の村……?)

 思っていたよりも静かで、あまり活気のない様子だ。アインの方を見ると、久しぶりの外だからか、ひらけた空の眩しさに目を細めている。

「なんかちょっと静かだね。元々こういった村なの?」

「いや…オレが村にいた時はもっと栄えてたよ。あんまり覚えてないけどね」

 そう言うとアインはスタスタとなれた様子で砂利道を歩き始めた。それに遅れないようにと、あとを追う。


 村の中心には石造りの広場があった。落書きがあちこちにされていて、子供たちが遊んだ跡なのだとわかる。

「いっぱい遊んだ形跡があるね」

「だけどどれも古いよ。くすんで薄汚れている」

 言われてみれば、確かに最近のものではなかった。中に泥が詰まっていたり、何やら黒いあとで消えかかっていたりしていた。

 しかしよく見ると、古い落書きのほかに新しそうな削り跡があることに気がついた。それらは細く長く、一筋の傷口のようだ。手をつき、そっとなぞってみる。ざらり、こぼれの多い切れ味。

「ねえアイン、これって…」

「うん……刃物の痕だ」

 ザア………と風が髪を巻き上げる。干されていたシーツが一枚風に飛ばされる。石造りの家から出てきた人間は、私たちを見ると一瞬だけ体をこわばらせた。しかしすぐにシーツを回収すると、小走りで家の中へと戻っていった。

 その様子を見ていると、誰でもこの村に何かが起こったのだということに気がつくだろう。旅に出たばかりだというのに、目の前は不穏な空気に包まれていた。

「アイン…一体ここで何が」

「シッ」

 言葉を遮られ、アインを見上げる。ペリドットのような瞳は、道の先を睨みつけていた。

 まだ昼が少し過ぎたくらいの時間のはずだ。それなのに、なんだこの暗さは。空は青く、雲一つない。だが私たちの行き先は、黒いもので埋め尽くされていた。

「あれは……!?」

「早速お出ましってやつだよ。あれは…………黒の魔物達だ」

「あれが!?」

 目を凝らしてよく見てみる。黒いもやだと思っていたそれは、大勢の黒い集団であった。一人一人は人の形はしているものの、人ならざる者としか見えない。肌、髪、爪先から口の中も。手に持つ武器すらも真っ黒だ。それに対し目だけが真っ赤に、血のような涙を流しながらこちらをしっかりと捉えていた。

「ひっ…」

 怖い。体が動かない。弓を構えようとした手が痙攣している。

 まるで獣のような唸り声を発しながら、じりじりと近づいてくる魔物達。そして…


「「ぐぉぉおぉおおおおおお!!!!」」


 叫声を上げると、武器をあげ走り出した。

「ナターシャ、こっちだ!」

 アインが強い風を起こす。魔物は吹き飛ばされるが、すぐに立ち上がると再び武器を振り回し始めた。襟元を引っ張られ、引きずられるような形でアインに連れられる。足がもたつき、上手く走れない。前を走るアインの背中を必死に追う。曲がり角を曲がると、奥には小さな教会が建っている。脇には先ほどと同じような家が隙間なく並んでいる。

(行き止まり!?)

 首筋が冷え、頭が真っ白になったその時、教会の石の扉が開いた。

「!?」

「早く、こちらへ…!」

 中にいる人が、扉を支えながら私たちを手招きする。アインは私の背中を押し、教会へと押し込む。そして後から中に入り扉がしまったことを確認すると、僅かな隙間から魔力を放出する。地鳴りのような音がしたかと思うと、扉の手前でその音は止む。不気味な息遣いや武器がぶつかる音がしばらく続いた。そして次第に足音は遠のき、静かになった。

「茨で覆ったからしばらくは近寄れないだろ。ふうー…」

「……驚いた。魔法使い、ですか」

 扉を中から押さえていた男性が呟く。その人は濃い青色のミトラを被っており、一目で司教だということが分かる。しかし、司教と言うには随分と若かった。

「…そちらの方、大丈夫ですか?」

 ミトラを脱ぎ、私の方を振り返る。

 フーシア色の瞳に、少し困ったように下がった眉。口の左端から顎にかけて細い傷の縫い跡のようなものがある。後ろで短い三つ編みにした白い髪の毛から、薄紅色のガラスの髪飾りがチラリと隠れ見えていた。

 白髪の青年…司教は、腰を抜かして座り込んでいる私に手を伸ばした。

「あ……ありがとう、ございます………」

 差し出された手を掴もうとした瞬間、一瞬だけ司教は手に力を込めた。手を掴むと引っ張って立ち上がらせてくれたが、すぐに手を離されてしまった。

「………?」

 何故だろう、気のせいだろうか。避けられたような気がする………。

「ここなら安全です。多分…」

 自信なさげに言う司教。ミトラを握りしめ、赤紫色の瞳で私たちを交互に見やる。


「私はこの教会で司教をしております、ジルベールと申します。…しばらくここで休まれていくことをお勧めしますが……」

【黒の魔物】


 ガラスの破片が弱さに覆われると変化を遂げると言われている。観測されているのは人間のみであり、動物の黒を観たものはいない。また、動物にはガラスの破片があるとの言い伝えもない。

 未だ謎に包まれている。体の隅から隅まで黒く、倒した魔物の身元を確認することもできないようだ。

 身近な人が黒の魔物になってしまったという人の証言では、誰もが「いつの間にか魔物になっていた。変化を遂げるところは見ていない。」と言うらしい。

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