第6夜
少年は祖父と二人暮らしであった。祖父は風ギルドで活躍するマジシャンであったが、体の老化を原因にギルドを引退。その後は千年樹の森に毎日通い、生命の源を守り続けていた。少年はその姿を見て、祖父に憧憬を抱くようになった。
しかしその祖父は、少年が学校に入学するのを見届けると、静かに息を引き取った。形見の杖と有り余るほどの本だけを残して。少年は一人ぼっちになった。
学校では、クラスメイト達は少年を「カラスの舌隠し」と罵った。賢いように見せていても、その本性は人語を喋るカラスのような悪魔の使いなのだという、主にずば抜けて才能がある者を差別した文句であった。少年は独りだった。
いつの日か少年は森に入り浸るようになった。本を読み、魔法を勉強した。頭がよかった少年は、すぐに小さな泥人形を作り出すことに成功した。
人形なら、自分の友達になってくれるかもしれない。そう思い手を差し伸べたその瞬間、未完成の泥人形はもろく崩れ去った。
その時少年は悟ったのだ。
意志ある者に価値はない、作られたものに情はないということを。
「ねーえー。いつまで寝っ転がってんのさ。いい加減機嫌直してよ〜。」
「………別に怒ってるわけじゃない。」
ナターシャはするすると樹から降りてくると、オレの傍らに座った。オレは負けた。だから、今日からオレはナターシャと旅に出るのだ。
昔は、自分が旅に出るなんて思いも寄らなかった。
(今日でこの森ともしばらくおさらばか。)
地面に寝そべったまま両手を広げ、指の先まで土につける。およそ十年間ここで過ごしてきた。言わばオレの家だ。でもこれは、もしかしたら言い訳だったのかもしれない。
いつの間にか、オレはここから出られなくなっていた。外に出ることが怖くて、外から来る人間が怖かった。だから外部からの侵入者を追い払うことをオレの使命だと勝手に思い込んでいたのだ。
「じゃあどうして寝っ転がってるの?」
ナターシャが上からのぞき込む。桃色の髪の毛がカーテンのように顔を囲う。
「今お別れを言ってるんだ。ちょっと黙ってろよ。」
地面の下にある魔力の流動。脈と似たような感覚。これが、じいちゃんが死ぬまで守り続けていた、生命の源………。
「じゃ、私もー!」
ごろんとオレの横に寝そべるナターシャ。人が感傷に浸っているというのに、少しは空気を読んでくれないものか。
ふと、あの時手を止めた理由を考えていた。あの何気ないはずの言葉が、自分には深く刺さった。「一緒に」「仲良く」、そんな言葉を今まで聞いたことがなかったから。
(先に逃げたのはオレの方だった。)
体を起こし土をはらう。軽く伸びてあくびをしたら、目尻に少しだけ涙が浮かんできた。
「あれっもういいの?」
「あんたスーハースーハーうるさい。」
「森の空気を吸ってんの!体にいい気がする!」
心配事はまだ多いけど、困ったことがあったらその時考えればいい。自分には外に出る道が与えられたから、その道を辿る。ただそれだけだ。
じいちゃん、しばらくさよなら。全部が上手くいったら、また帰ってくるよ。
「……あ、そうだ忘れてた。」
「何を?」
「オレがいない間、千年樹の守人がいないだろ。だから…」
地面に手をかざす。魔力が集中しひとかたまりになる。ひねり出すように腕を持ち上げると、ズモモモモと自分の身長の倍ある泥人形が現れた。
「なっ何コレ!?」
「オレが出かけてる間、この森に一切侵入者を入れるな。」
そう命令すると、泥人形はのそのそと千年樹の方へと歩いていった。
ナターシャは目がまん丸になっている。
「ん?どした?」
「どしたじゃないよ…!あん、あんな生き物も作れるわけ!?」
「生き物じゃないし。ただの人形に魔力を加えて命令してるだけだよ。初級魔法だ。」
「へ…へぇ〜〜…………」
ナターシャは口元をひくつかせる。オレは気づかなかったふりをして、さっさと森の出口へ向かう。十年ぶりの外の世界。少しだけ、楽しみだ。
【ガラス細工の装飾品】
心に刺さったガラスの破片の色をしている。誰もが生まれた時に、大司祭にガラスの色を教えられる。体に身につけるのは、自分の色を忘れないようにという意味。御守り。
ガラスで出来ているので、もちろん割れる。割れたら新しい装飾品を買う。
色は十人十色であり、似たような色はあっても、まったく同じ色の人はいない。ギルドでは身分証明の代わりにもなる。様々な色があるが、黒いガラスだけは決してない。最も不吉な色だとされている。心のガラスが弱さに覆われ、黒くなってしまうと黒の魔物に変化を遂げると言われている。