第7夜
都の中心街にある装飾屋に来ている。そこで壊れた私のリングを作り直してもらっていた。私のガラスの色は乳白色なのだが、どうやらとても珍しい色らしく、新しく買うよりも直した方がいいとのことだ。白系統の色自体が少ないらしい。
(知らなかったな。まあこれ、私がシスターの部屋から持ってきたやつだし。)
店の中にはあちこちに、色とりどりのガラスでできた装飾品が飾られている。ネックレスやブレスレットやメガネ、他にも鍵や義眼といった、変わったものまでたくさん揃っていて見ていて飽きない。
「ナターシャ、ちゃんと聞けよ。今からエルトが説明するんだからな。」
キョロキョロしていた頭をアインがわしづかみ、ぐりんと前に向かせる。休憩用のテーブルを囲んでいる皆と目が合った。
皆、真剣な目をしている。それもそのはず、私たちは今から…………
「じゃあ説明するよ。王宮への侵入方法を。」
今から、不法侵入の作戦を立てるのだから。
「まず王宮の前に立っている門番を通過する必要があるんだけど、ここは大丈夫。あの人たちガッチリ監視してるように見せかけて、意外とそうでもないから。」
「でも、ちょっと待ってください。」
モドが早速手を挙げる。モドだけではなく、エルト以外の皆は眉間にシワを寄せていた。
「僕たちは実際に王宮の前まで行きました。門番の監視は確かに厳しかったし、ただでは通してくれそうにありませんでしたよ。ここは迂回して行くべきでは?」
そうだ、門番は私たちを通してくれなかった。モドが簡単な説得を試みても、それに受け答えてくれなかった。どう考えても大丈夫ではない。
エルトは軽く首を振る。
「城の周りのどこかに隠し通路みたいなのがあると思った?残念だけど、城への入口は正門ただ一つだ。ここを通過しないことには城の中には入れないよ。」
「………しかし……」
「まあ心配しないでよ。ボクに任せて。」
エルトはニッと口元で笑った。モドはまだ心配そうだったが、とりあえずは手を収める。ただ、とエルトは続けた。
「この作戦だとちょっと大変なことがあってね……まあアイン兄ちゃんとモドおじさんならいけると思うけど。」
「おじさん……」
「どういうことだ?」
エルトはうーんと深く考え込む。何を考えているのだろう。ぶつぶつと呟くエルト。なんだか、とても面白いことが起こる予感がする。何かを感じ取ったのか、アインとモドは若干青ざめた。
「……何をする気だ?」
訝しげにアインが尋ねると、エルトはじっと二人の顔を見た。そして、
「まあ、やってみた方が早いか!」
と言ってすっくと立ち上がった。
ザッとカーテンを開け、くるりとその場で回ってみる。膝丈のスカートがふわりと浮き上がり、花のように開いた。
「どうどう?かわいい?」
ポーズをとって感想を求める。見ていたジルベールとアルフレッドは「おおー」と歓声をあげ、小さな拍手をした。
「いいじゃないか、似合ってるよ。」
「ああ!馬子にも衣装ってやつだな。」
すぐに水を差すアルフレッドに殴りかかると、笑いながらサッと避けられた。
私たちは今、衣服屋に来ている。エルトが何を思い立ったのか、急に立ち上がると私たちを引っ張ってこの店に詰め込んだのだ。
適当に服を選び、私とロザリーを試着室に押し込んだ。それを着て、今この二人に見てもらっている。
「こんな服初めて着た!かわいい〜!」
冒険に出たばかりの動きやすさを重視した服とは違い、デザインにも凝っていてとても女の子らしい。白い生地に小さな花が散った模様のフレアスカートに、首元がくしゅくしゅとしたボリュームのあるデザインのブラウス。レースがあしらわれたソックスやアームカバーもお気に入りだ。
と、鏡に映った自分に見とれていると、隣の試着室のカーテンが開いた。
「ナターシャ、これ、忘れてるヨ。」
振り返ると、スカーフを渡そうとロザリーが手を伸ばしていた。ロザリーも着替え終わったらしい。その美しさに、思わず目が丸くなった。
「おー!ロザリーめっちゃ綺麗じゃん。すっげぇ似合うぜ!」
アルフレッドの盛り上がり方が私の時とぜんぜん違う。それは大変ムカつくが、だがわかる。
着ている服は私と同じなのに、雰囲気が全く違った。主に多分…………胸のあたりの差だと思う。
本当に彼女はもうすぐで三十代なんだろうか?十歳くらいサバを読んでもわからなそうだ。……それは言い過ぎだろうか?やはり女の色気というものは隠しきれないようだ。
「ナターシャ?」
「ああ……うん………ありがと」
ロザリーが屈んで私の顔をのぞき込む。その際に強調された、主に胸部の部分を凝視しながらスカーフを受け取った。
髪の毛をまとめてお団子のように丸める。そして髪の毛が全部隠れるようにスカーフで覆った。
「なんで私だけ髪の毛隠さなきゃダメなの?」
「ナターシャの髪の毛は目立つから隠した方がいいってエルトが言ってただろ。今さら目立つどうこう気にしたって仕方ない気もするが………」
「そう言えば、私がホーリー街から来たって言った時、エルト少し様子が変だったような……」
ぼんやりとその時のことを思い出す。エルトは私たちが黒の魔王を討伐するために旅をしているパーティーだということを知っていた。どうやら私たちのパーティーは公式のものになっているらしい。風ギルドのマスターから水ギルドのマスターへ、そして火ギルドのマスター、ユラミアナへとその話が伝わっていき、それぞれのマスターが証明書にサインをして公式になったらしい。
それはいいことだ。と思う。よく分からないが、非公式よりはいいことのはずだ。ただ一つ、気に食わないことがあった。それが………
『なんで私が“同行人”になってるの!?』
リーダーであるはずの私がパーティーのメンバーですらないということだ。
エルトが光ギルドからパーティーへの参加申請書をもらってきた時に見せてもらった。そこには確かに
《メンバー、風ギルド所属、アイン、ジルベール、水ギルド所属、モド、ロザリー、火ギルド所属、アルフレッド、プラス同行人の少女》
と書かれていたのだ。
私の名前は?リーダーの枠がなぜアインになっているの?というか同行人って扱いが雑すぎる!
いろいろ文句を言って暴れ回っていると、アインが付け足した。
『仕方ないだろ、お前の出身が定かじゃないからメンバーにできないんだよ。最初にこのパーティーを作ったのはお前とオレとジルベールの三人だし。オレだってリーダーはジルベールがやれって言ったのに、コイツ遠慮して『俺はリーダーなんて立派なものにはなれないから』なんて言ってさ。イヤイヤオレがやってんの。』
『そんなことは聞いてない!それに私の出身はホーリー街だって言ってるじゃん!』
その瞬間、エルトがハッとした顔になった。そして私のことをじっと見ると、悲しそうに眉をゆがませた。
『エルト?どうしたの?』
『………ううん、何でもない。これ書いちゃうね。』
無理やり笑顔を作り、サッと顔をそらされてしまった。その後何を聞いても、エルトは何も答えてくれなかった。
(あれは何だったんだろうなぁ。エルトはホーリー街を知ってるのかな?だからあんな反応したんだろうけど……なんか、欲しかった反応とは違うなぁ。)
もそもそと髪の毛をスカーフに詰め込む。桃色の髪の毛を、後れ毛もないようにスカーフに入れるのは大変だ。
「ところで、あっちの方は大丈夫なのか?」
アルフレッドが険しく目を細めながら、少し離れた場所の試着室に目を向けた。さっきからひっきりなしに、悲鳴やら叫び声やら怒声やらが試着室の中から飛んできている。
「大丈夫ではなさそうだが……俺はあの中に連れ込まれなくって本当に良かったと思ってるよ……」
そう言ってジルベールがため息をついた。やがて叫び声が小さくなり、ガタガタと揺れていた試着室が静かになる。そしてカーテンがシャッと勢いよく開いた。
中から出てきた人物の姿を見て、私は思わず吹き出してしまった。ゼエハアと息を切らしながら、私と同じ服を着たアインとモドが現れたのだ。ウィッグのようなものも付けているのか、髪の毛が長くなっている。
「あははははは!すっごい似合ってるよー!!」
「うるさい………ぶっ殺すぞ………」
そんな姿で凄まれても全然怖くないわ。余裕の表情でアインを笑うと、ツカツカと歩いてきてガッシリと頭を掴まれた。
よろよろとふらつくモドを支えながら、やりきった顔のエルトが顔を輝かせていた。
「やっぱりボクの目に狂いはなかったんだ!アイン兄ちゃんとモドおじさんなら似合うと思ってたんだ。想像通りだよ!」
一人満足げにほくほくと輝くエルトに、モドが耳打ちをする。
「あの……僕はさすがに年齢からしてキツいのでは……?」
「何言ってるのさ。似合ってれば年なんて関係ないんだよ。」
さも当然だという風に答えられ、モドは「あまり嬉しくはないのですが……」と小さな声で呟いた。
ロングスカートで、足が見えないようにされていたり、首周りが詰められた襟だったりと、男性らしい部分が隠れるようになっている。そのおかげか、ゆったりとした滑らかなラインに仕上がり、パッと見では女性と言われてもわからなそうだ。エルトが自慢げになるわけだ。
「まさかとは思うが……これで王城に侵入するわけじゃないよな……?」
まさかもなにも、この流れ的にそれしかありえないと思うのだが、アインは信じられないという風に尋ねた。
エルトが意地悪そうにニヤリと笑うと、アインとモドは諦めたように顔を見合わせる。
「お城の掃除婦に扮して侵入するよ。そのためには女装くらいしないとね?」
二人は力なく「勘弁してくれよ……」と呟くと、その場で膝から崩れ落ちた。




