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第14夜

「さて、何から話せばいいんだ?」

 資料室の椅子に拘束された状態で、ビクターが皆の顔を見回した。ユラミアナが鋭い面持ちでビクターの目を睨む。

「十年前の暦十三月夜の日のことを言え。アンタはあの日から依頼拒否、ギルドにも顔を出さなくなった。」

 その日に何かがあったのは間違いがないのだろう。アインは本棚からひとつのファイルを取り出し、私たちの目の前であるページを開いた。日付は十年前の暦十三月夜。

「このファイルは報告書をまとめたもの。提出されてる暦十三月夜の報告書は全部で三枚。どの報告書も内容は同じ、だが……。」

 アインは報告書の一行を指でなぞった。私が読める限り、そこには「一人」「行方不明」の単語が載っていた。

仲間パーティーの五人のうち一人が行方不明になっている。戦いの最中さなか、忽然と姿を消したと書かれてる。」

 姿を消した?どういうことだろう。人が消えるなんて普通はありえない。

 ユラミアナが声を荒らげた。

「一体何があったんだ、ビクター!」

「何があったも何も……」

 足をだらりと伸ばしながら、ビクターは気の抜けた声で答える。

「三枚の報告書の通りさ。何も違うことなんてない。俺は他の四人と魔物討伐に出た。つっても俺は職業上、大した活躍はしてねえけどな。」

 ビクターがあっはっはと笑う。突然、机が激しく揺れた。机の上に置いてあったペンがコロコロと転がり落ちる。ユラミアナが机を蹴り上げたのだ。イライラした様子で彼女は鼻を鳴らした。

 ビクターは口を結び真顔になる。ゆっくりと前を向き、眠そうな目でユラミアナの目を見た。

「………俺たちは荒野で魔物と戦っていた。さっきナターシャとロザリーさんが俺を助けてくれた場所だ。編成が悪かったのか少し苦戦してな。俺たちが気がついた時には……」

 ぱっくりと口が開く。音もなく、そこから消えてしまったかのように。言い知れぬ不気味さが漂う。

「探してたのさ、ずっと。あの日の場所で。」

 ビクターの目に悲しみの色が浮かんだ。底深い海水のような緑色の瞳は、消えてしまった誰かを想い、揺れている。

 ユラミアナは俯いた。その手はわなわなと震え、浮き出た血管が破裂しそうなほどに力が入っている。

「………アタシが出動していれば……………」

 消え入りそうな声でつぶやく。その声には後悔の念がこもっていた。

 ユラミアナは立ち上がると、猫のようなつり目でビクターを一瞥いちべつした。

「アタシが出動していればこんなことにはならなかったかもしれないのに…。これはほぼ戦力外のアンタを出動させたアタシの判断ミスだ。」

 後ろで立っていたモドとロザリーの間を無理やり通り、ユラミアナは資料室から出ていく。部屋の扉を開け、一歩足を出したところで止まり、振り返った。

「アタシの失敗はアタシがケツを拭く。アンタはもう何もしなくていい。」

「………りょーかい。」

 アルフレッドがビクターの拘束を解く。自由になった手をひらりと振り、ビクターは僅かな微笑みを漏らした。

 ユラミアナは顔をしかめ、きびすを返すと部屋から出ていった。

 静まり返る部屋の中、ビクターが伸びをする。

「じゃ、俺もこれで」

 そう言って出ていこうとするビクター。と、アインが素早く手を伸ばし、その腕を掴んだ。ペリドットの眼を細めてビクターを見る。

「まあそう言うなよ。うちのリーダーが世話になったようだし、オレたちとも少し話そうぜ?」

 不敵に笑うアインの顔に、ビクターは口の端をひくつかせた。

「……勘弁してくれよ。」


 風が冷たくなり空も群青色に染まると、大きな三日月が顔を出した。

 火ギルドで通行許可証の申請を済まして、まっすぐアルフレッドの家まで戻る。ビクターは何故か縄でぐるぐる巻きにされ、ロザリーに引っ張られながらしぶしぶ後をついてきていた。

「おじさんやることあって忙しいんですけどぉ?」

「またあの荒地に行く気だろ?そんなことしても意味無いからここにいろよ。」

 ビクターを部屋の奥に無理やり座らせる。ビクターは嫌そうな顔をしながらも、大人しく座った。炉を囲みながら皆座り、アルフレッドは火をつける。

「まあ色々聞きたいことはあるんだけど……」

 アインは頭の後ろをかくと、私の方を見た。

「まずお前、こいつと何してたんだ?」

 ビクターを指さす。なんだか目が怖かったけど、私は素直に昼の話をした。アインの眉がぴくぴくと動くのを気付かないふりをしながら話していたが、いつ何を言われるのか気が気でなかった。

 ロザリーと散歩をしていたら、荒地で倒れているビクターを見つけたこと。通りすがりの人に彼を見つけたらギルドに連れてくるように言われたこと。精霊石マナの話を聞き、三日月谷を降りたこと。そこまで話した時アインが大きなため息をついたので、話を中断させてしまった。

「………ったくよォ…………」

「あ、アイン……?怒ってるの……?」

 ビクビクしながらアインの顔を覗き込むと、ナイフが鈍く光るような目と目が合った。その圧に押され、ひえ、と口に出してしまった。

「お前さぁ……どこ行くのとかは勝手だけど、初めて知り合った奴と普通地下になんか行かねえよ。馬鹿なの?」

「ばっ!?」

「たまたまコイツがそういう気がない奴だったから良かったものの、顔が怪しい奴には簡単について行くな。運が悪けりゃ殺されてるぞ、お前。」

「顔が怪しい!?」

「お前は今武器も持ってないんだ。自分の身を自分で守ることすらできないんだぞ。」

 私とビクターの心に傷を負わせたあと、アインは再びため息をついた。まあまあとモドがなだめ、優しく笑いかけた。

「それで、谷では何をしていたんですか?」

「それで……精霊石がある洞窟に行って…………」

 少し話すのをためらう。ビクターをチラリと見ると、奴は面倒くさそうに首を鳴らしながら私の話を聞いていた。

 隠すことではない。むしろ話さなくてはいけないことだ。だけど………

「ナターシャさん?」

 モドが心配そうに私の顔を覗いた。モドの薄い色の髪の毛がサラリと揺れ、私を見る瞳が一瞬だけあらわになる。

 私は息を吸い、ロザリーと目を合わせる。ロザリーはうん、と頷き、話すよう促した。若干震える声を絞り出しながら、私は洞窟でのことを話し始めた。

【報告書】


 戦士が闘いから帰ってきた際、提出が義務付けられているもの。

 なんの敵と闘ったのか、敵は何体か、敵の属性、被害状況等を報告しなくてはならない。この報告書を元に、次なる闘いへ向けて戦士の編成などを組み替える。

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