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第12夜

 ビクターの後をついて歩いていくと、枯れ木の森の終わりが見えた。高くそびえるコンクリートの壁が遠くに見える。その壁に続くように、一本の吊り橋が掛かっているのが見える。橋のすぐ下は崖で、真っ黒な谷が三日月のような口を開けている。橋の先には壁についた大きな扉があり、腰に剣をさした二人の男がその前で仁王立ちをしていた。

「ここが三日月谷だ。あの扉から王都に入ることが出来る。そのためにはあの二人に通行許可証を見せなきゃいけないんだけどな。メラジアス唯一の王都への入口だ。」

 男たちはこちらをじっと睨んでいる。一歩でも吊り橋に足を踏み入れようものなら、今にもあちらから攻撃を仕掛けてきそうだ。

 ビクターは無関心に橋の前を通り過ぎ、階段のようになった崖の側面を降りて行く。階段の下はまるでどぶに浸かっているかのように、暗闇に溶け込んでいる。何とも言えない悪寒が背筋を伝う。

「やめるか?」

 階段の先でビクターがこちらを振り返る。ハンドサイズの懐中電灯で足元を照らしている。その光が頼りなさげにチカリと瞬いた。

 喉が鳴る。ロザリーは心配そうに私を見る。まるで魔物の口の中のような暗さ。このまま進んだら、黒に飲み込まれてしまうのではないか。

(いや………)

 ここで退いたら、これから先もう旅ができない気がする。闇を怖がってなんかいられない。私は前に進むと決めたのだ。

 震える足を一歩、階段へと踏み入れた。


 辺りはいっそう真っ暗闇だ。上を見れば傷口のような形をした光があるが、最早もはやここまで届かない。ビクターが履いている硬い革靴の靴底が鳴らす音が、鈍い音から高く響く音に変わる。地形が変わったようだ。

「まあ今更だけど……知らない人にはついて行っちゃダメってお母さんから言われなかったか?」

 ビクターが背中越しに声をかける。本当に今更な気がするが……。

「旅に出てる時点でそんなの気にする意味は無いよ……。ほとんどが知らない人ばっかりだし。」

「ハハッそりゃそうだ。」

 ロザリーの高いヒールも硬い地面を蹴り、音を奏でる。何も見えない暗がりの中で、小さな合奏が響き渡る。

 ゆっくり空気が冷たくなる。ゆっくり、ゆっくりと不安が募っていく。黒に侵食されていく。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり………


「────ついたぜ。」

 ビクターの声に、ハッと我に返る。暗くてよく見えないが、足場がしっかりとした広いところにいるようだ。

 ロザリーが私の手を取り、前へ引っ張る。にっこりと微笑む顔に、若干の不安が薄れた。

 ビクターは手元に光を当て、火薬のついた筒を手袋で擦る。すると筒に小さな火が灯り、優しい光から細い煙が上がった。その火を何かに近づけたかと思うと、途端に火が燃え移る。火のついた燭台が辺りを照らし出した。

 岩で出来た洞穴ほらあなのようだ。さっき入ってきた入口からぽっかりとあいた空間。奥には壊れた台車がそのまま捨てられており、あちこちに石炭が転がっていた。岩の壁が火を反射し、キラキラと輝いている。

「ここ………?」

「ああ、ここが元炭鉱場だ。精霊石マナが発掘されてからは使われてないけどな。」

 ビクターはそう言い、こっちに来いと手招きをした。近づくと、ビクターは壁を指さした。よく見てみると、黒い炭鉱石や土に混じって透明な欠片が散りばめられていた。

 揺れる火に合わせて虹色に輝き、色を変えた。ゆらゆらと揺れる赤色になったかと思うとすぐに冷たく澄んだ青色になった。淡く優しい緑色に変わると一瞬だけ眩しい金色に輝き、瞬きをするかのように深い谷底のような闇を垣間見せた。

「これが、マナ………。」

 洞穴に輝く星屑のような幻想に息をつく。ロザリーも上を見上げ、飴色の瞳を何度もぱちぱちと瞬かせた。

「この場所で精霊石の原石アルマースが発掘された。原石は王都に運ばれて、ここにあるのはその欠片だけだ。だが屑だけでもそれなりの力が宿っている。」

 ビクターが精霊石に触れる。すると精霊石は赤い花が開くように輝きを放ち、ゆっくりと消えていった。その場には小さな窪みだけが残る。

「赤色はサラマンダーの加護を表す。もう俺は加護を貰ってるから効果はないが──……加護を与えられる時、精霊の姿がその者の前に現れる。試しにそっちの美しい貴女、触れてみるがいい。」

 ロザリーが自分を指さすのを見て、ビクターは頷く。ロザリーは近づき、おずおずと精霊石に触れた。すると精霊石は真っ青な花を開かせ、次第に消えていった。ビクターはふむ、と唸る。

「青色はウンディーネを表している。水の女神さ。

 ほとんどの人が生まれてすぐに加護を受けるから、本当に今の属性で合っているのかを確かめる奴もいるらしい。さあ、桃色のお嬢さんは一体なんの加護を受けているのかな?」

 ビクターが自慢げに笑う。火のついた筒を口にくわえ、ゆらゆらと上下に動かしている。

 これで目の前に現れた精霊が、私に加護をくれるのだ。一体どの精霊だろう。千年樹の森でアインが教えてくれたことを思い出す。

 風の精霊、シルフィードか?

 水の精霊、ウンディーネか?

 火の精霊、サラマンダーか?

 光の精霊、ウィル・オ・ウィスプか?

 それとも闇の精霊、シェードか?

 構わない。力を手に入れられるなら、なんだって構わない。私は震える指先で、静かに精霊石に触れた。


「黒の魔物になる現象?」

 モドはアインを振り返る。アインは知らないという風に首を横に振った。

 ギルドの資料室にある机を挟み、二人はある女性と向き合っていた。火ギルドのギルドマスターだ。猫のような目で二人を見て、そうかとため息をついた。

「アタシは火のギルドマスター、ユラミアナだ。他の街から来たやつなら、何か知ってるかと思ったが………」

 深い息をつく。どうやら、とても疲れているようだ。だがその眼光だけはギラギラと獲物を狙う獣のようだ。

「……良かったら聞かせてくれませんか?」

 モドが出されたティーカップに手を伸ばしながら静かに尋ねた。ユラミアナが顔を上げる。おっとりと笑うモドと目が合い、少しだけその鋭い瞳を和らげた。

「ここ最近……黒の魔物の出現率が上がっていることが、先日のギルド長総会議で明らかになった。このままでは我々だけでは手に負えなくなってしまう。それで魔物の出現条件を──今までも様々な仮説はあったが──今一度考えることになったんだ。しらみつぶしでは時間が無い。根元を絶たなきゃいけない。」

 アインはユラミアナの首から下がるネックレスを見つめる。銀色の細いチェーンの先には、青緑色の宝石………いや、ガラスが輝いている。

「原因しては、弱さが心を覆い尽くした時───みたいなことがありませんでしたっけ?」

「そんなのはただの子供騙しだ。普通に考えてそんなわけがないだろう。」

 モドは「そうですよねぇ」と呟いてティーカップに口をつける。こんな魔法が存在する世界で、普通も何もあるものだろうかと思ったが、喉の奥で消化させた。

「分かっていることは、街中での突然変異は今のところ無い、ということだ。そして必ず誰かが行方不明になる。これは行方不明になった人間が魔物に変わったということで、間違いはないと思っている。」

「ということは、出現は街以外のどこかということですか。」

 ユラミアナは頷く。アインは資料をパラパラと捲りながらも、彼女の話に耳をそばだたせていた。

「そもそも国民が黒の魔物に変わっているのだとしたら、一番最初に魔物と化したのは誰なんだという話になるんですが。」

「それについても捜索中だ。」

 イライラした様子でユラミアナは返事をする。情報が何も無い、そのことに対して焦りを感じているようだ。モドは手元のティーカップをくるくると回す。まだ熱い紅茶にライトの光が溶け込む。

「まだ確信的な情報も何も無いということですね……ふむ。」

 チラリとユラミアナを見やると、彼女はまた目を見開いて考え込んでいた。焦げ茶色の短い髪の毛が息をするたびに揺れる。

(街中ではない、国外でもないならばあとはあの場所しか無い訳ですが………)

 モドはアインを横目で見る。アインの手元には、火ギルドが今までに命令を出した出動依頼の報告書がまとめられていた。

(おや、アインさんも僕と同じ考えのようですね。)

 少し冷めてきた紅茶を飲み干し、手のひらで口元を覆う。

 思い出せないことがある。眉間のあたりまで出てきているのに、あと少しで思い出せないのだ。

(『己の弱さが心を覆い尽くした時、人は人を襲う魔物へと変化を遂げるだろう』……この文句、他の書で似たような文を見たことがある気がするけど………何だったかな。ある職業ジョブに関係する書だったと思うけど………)

精霊石マナ


 精霊の力が宿った神聖な石。触れた者が受けている加護の属性を見分けること、また触れた者に精霊の加護を与えることが出来る。

 その精霊石の原石を、アルマースと呼ぶ。

 見た目は透明で、まるでガラスのような見た目。

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