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第10夜

 昨日の昼とはうって変わり、この谷の朝晩は非常に冷え込むようだ。メラジアスの最北に位置しているということもあるのだろうが、標高の関係もあるのだろう。

「というかこんなに寒いのに……谷というよりも崖の上なのに…………『火の谷』って……」

 歯が震えてカチカチと音を出す。アルフレッドがくれた厚手の布を羽織り、体を縮こまらせた。しかし当の本人であるアルフレッドは、胸元をはだけた恰好なのに平気そうだ。見ているだけで寒くなる。

 アルフレッドは火のついていない炉の前にドカリと座り込み、両手の握り拳を前に差し出した。

「火の谷の『谷』っていうのは、この街で王都に最も近いところに深い谷があるからそう呼ばれてるんだよ。『火』の部分はな、この街は急激に冷えるから、俺たちはこうやって……」

 アルフレッドが擦り合わせる手の中から、カッカッとぶつかり合う音がする。握られた火打石から火花が散り、炉に小さな火が燃え移った。

「こうやって、火が必要になるんだ。」

 火は枯れた薪に瞬く間に広がり、赤い炎が燃え上がった。冷えた手のひらをかざすと、温かい熱がじんわりと染み込んでくる。

 昨日、まるで自分の故郷を失った感覚に陥った。この旅に出たのはただの衝動で、いつかは帰れると何となく思っていた。仲間を増やし、魔王を退治し、この国の平和を取り戻したら元通りの生活に帰れるのだと。だけどもう帰れないとしたら…………


 私は旅に出たことを後悔してるのかもしれない。


 思わずため息をつく。パチパチと燃える火がわずかに揺れる。

 その時、外から物音がした。土が踏まれる音、荒い息。そして獣の鳴き声。

「おっ、飯の時間だな。」

 そう言うとアルフレッドはおもむろに立ち上がり、家の扉を開ける。そこから入ってきたのは────まるで見たこともない動物たちだった。

 全部で十匹ほどだろうか。大きさも種類もバラバラで、統一性がない。いや、一つだけ共通点がある。それは皆がまるで『いくつかの動物を組み合わせたような容姿』だということだ。

 大きな犬のような動物がいるが、その手足は爬虫類のトカゲのようにシワだらけで、体つきはまるで牛のようにずんぐりとしている。小さな狐のような動物には鷹のような翼が生え、小さな角が額から鼻筋にかけて突起のように連なっていた。そして皆、あちこちに血を滲ませていた。

「あれっ君は……」

 突然声を上げたジルベールは、驚いた顔で一匹を見つめていた。それは白くふさふさとした毛並みの尻尾と耳を生やした、毛皮のブーツを履いたような……少年だった。

「人間…!?」

「昨日の子だ、無事でよかった。もう足は大丈夫なのかな……?」

 ジルベールを見ると少年は黄色い目を見開き、素早くアルフレッドの背後に隠れた。若干こちらを覗き見しながら、低い声で唸る。見た目は人間なのに、まるで様子は獣だ。ジルベールは苦笑いしながら、少年へ伸ばした手を引っ込めた。

 よく見ると、他にも人間の要素を持った動物がいる。人間のように5本の長い指を持つもの、手を使わずに両足で歩くもの。異様な光景だ。アインですら口が半開きになっている。

「なるほど、新人はこいつか。」

 それを不思議がる様子もなく、アルフレッドは背中に隠れた少年をなでる。動物たちを連れて外に行くアルフレッドについて行くと、そこには干された大量の肉や魚が置いてあった。吊るしている縄を小刀で切って地面に落とす。落ちた魚に動物たちが群がる。アルフレッドは彼らを餌付けしているようだった。

「こいつらは合成生物キメラだ。」

 アルフレッドがつぶやく。キメラという言葉に、モドが反応を示した。

「キメラ……?まさか、闘技場でジルベールさんと戦っていたものもそうですか?」

「あっ……」

 言われて思い出す。浅黒い肌に蛇のようなたてがみ、幾本もの角に獣のような腕。遠目からでは見たことのないただの獣のように見えたが、あれもそうだったのか。

 アルフレッドが縦に頷く。だがモドは納得しない様子で顎に手を当てた。その様子を心配し、ロザリーがモドの顔を覗き込む。

「モド……?大丈夫?キメラって、何?」

「ああすみません…。キメラというのは、何体もの別の生物を組み合わせて作り出した、合体生物です。しかし今のメラジアスの技術では不可能なはず……そして、キメラは世界で禁じられているはずです。なのに何故………」

「こいつらを作り出したのはメラジアスじゃない。」

 アルフレッドは魚や肉をむさぼり食うキメラたちを見つめながら、静かな声で答えた。その横顔に若干の怒りの炎が燃えていることに気がついた。

「海を隔てた隣国、ミルスリアだ。」

 ミルスリア────。

 聞いてもピンと来ない国名。元々学のない私ではこの国以外のことは分からないのだが。アイン、ジルベール、モド、ロザリー、彼らの雰囲気が変わったことで、何かがやばいということは分かった。

「ミルスリアの奴らは軍事的所業だと言い切って、キメラを作り出しているんだ。あの国は医療に発達しているし、未完成なキメラが生きていられるようにするのは容易たやすいんだろ。」

 ぎり、と握られる拳。黒いグローブにくしゃくしゃなシワができる。

 アインが嫌そうな顔をする。

「あの国は非人道的と罵られたこともある……。それにも懲りず、人間まで合成材料にするとはな。」

「人間以外だって許されねえよ、こんなこと!……完成したら戦線に、失敗作はこうして発展途上のメラジアスに放置。アイツらは命を何とも思ってねえんだ!」

 アルフレッドの大声に、キメラたちが驚いて後ずさる。アルフレッドはハッとし、悪ぃ、と呟いた。

「……こいつらは未完成だから、そう長くは生きられねえんだ。あの闘技場の奴もそう。たまたまユラに捕まって、戦うという仕事を与えられたんだ。可哀想だよ、アイツは。せっかくミルスリアから出られたのに、ここでも人を殺す仕事をさせられるだなんて……。」

 ユラ………闘技場にいた気の強そうな女性を思い出す。物凄い形相で、ジルベールとアルフレッドを睨んでいた。

「こいつらは長く生きられないし、野生にも帰れない。だから谷の下で固まって暮らしてる。飯だけでもオレが手伝ってやってんのさ。」

 にこりと笑うアルフレッドの顔はつらそうだ。

 このキメラたちも、運命をねじ曲げられたんだ。本来ミルスリアという国で生まれ、そこで幸せに暮らすはずの人生だったのに。住む場所を失い、その上自分の原型すら奪われた。

(でも、それでも生きるんだな…。)

 動物には自殺という概念がないだけかもしれない。それでも、私はそこに美学を感じずにはいられなかった。

 そうだよ、故郷が無いくらいでどうした。人生すら奪われた彼らと比べれば、なんてことはない。無いなら作ればいいんだよ。そうだ、そうだよ。


「そうだよ!」

 私は思わず大声で叫ぶ。側にいたジルベールは体をビクッと震わせ、真顔で心臓を押さえた。アルフレッドも驚いた顔で私を見る。

(そうだよ、住む場所なんてどうでもいいんだよ。自分がするべき事を成すためには、歩き続けなきゃいけないんだから。旅ってそういうものなんだよね。)

 私はアルフレッドに向き直る。オレンジ色のびっくりまなこを見つめる。

「私、旅を続ける。黒の魔王を退治して、平和を取り戻す。なんでホーリー街が無いのかとか、そんなの私が考えたところで答えは出ないんだわ。だったら何も考えないで、前だけ見て進む!」

 アルフレッドは瞬きをする。何が何だか分からないという感じだ。

「?うん………?魔王?そ、そうか。」

「だけど、私にはまだ力が足りない。仲間ももっと欲しいし、私自身の力もまるで足りてない。だから………」

 アルフレッドにずいと歩み寄る。一歩下がったアルフレッドに、さらに一歩近寄る。

「一緒に旅してほしいの!私の仲間パーティーとして、魔王討伐の旅についてきて欲しい……!」

 真っ直ぐに心を伝える。嘘や偽りはいらない。だってキメラたちには嘘をつくなんて概念はないのだから。

 アルフレッドは私を見下ろす。最初は戸惑いを隠せない様子だったが、私の顔を見て口を引き締めた。ゆっくり瞼を閉じ、そして


 ────口角を上げた。

「面白ぇじゃねえの!よくわかんないけど、お前の真っ直ぐさはそう簡単に曲がらなそうだ。乗ったぜ!」

 嬉しくて思わず顔がほころぶ。モドが良かったですねと笑いかける。ロザリーが両手を挙げて万歳し、ジルベールも優しく微笑む。アインは小声で「少し強引なのは直した方がいいと思うけど……」と呟いたが、ふっと笑った。

 その後は温かい家の中に戻り、私たちも朝食をとった。アルフレッドが焼いた何の肉かよく分からないものを食べた。

 迷いはもういらない。私は体も心も強くなり、平和を取り戻す。そうしなくてはいけないのだから。

合成生物キメラ


 いくつもの動物を高度な技術で組み合わせ、一つの生物にしたもの。世界で禁じられているのだが、ミルスリア軍国だけはその禁止事項に手を出しているようだ。

 その合成材料は野生動物だけに限らない。人間ですら材料として使われている。

 大昔に『キマイラ』という火属性の神聖な精霊がいた。獣の頭に山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持ち、口からは火を吹いた。この精霊にちなんで、キメラと呼ばれるようになった。

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