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第5夜

「ちょっとヤバいんじゃない!?」

 モドの肩をわしづかみ、ゆさゆさと揺する。モドは首を上下にガックンガックンと揺らしながらハハハと笑った。

 目の前の闘技場には、ジルベールと不気味な岩のような黒い獣がいる。獣のたてがみがゆらゆらと蜃気楼のように揺れ、黒の魔物を連想させた。

 アインはチラリと横で話をする二人組を見ていた。そして何かに気がついたように人差し指を唇に当て、目で隣の二人を示した。そっと二人の話を盗み聞きする。

「今度は何の催しだ?」

「アイツ、密猟者だとよ。さっき水の都方面の森で罠を仕掛けている現場を見つけられたんだ。」

「なるほどな。それでアレと戦わされるのか。しかしなぜ司祭服を着ているんだ?」

「カモフラージュだろうよ。勝てば許してもらえるという条件付きの試合だが、あんな化け物に勝てるわけがない。実質、公開処刑みたいなもんさ。」

 まさか!

 そんなことがあっていいのか?周りの観客たちを振り返る。しかし彼らも、その事を理解しているようだった。皆まるでスポーツを観戦するかのような無邪気な表情で闘技場に歓声を送っている。そんな声の中で、ジルベールは慣れない武器を振り回しながら獣に応戦していた。

 モドが少し顔をしかめながら、私たちに辛うじて聞こえる音量で呟く。

「聞いたことがあります……火の谷は他の地域よりも、命に関する条例が厳しいんです。人間はもちろん、家畜にも規定がある。だが犯罪者に対する慈悲はない。その犯罪の中で最も重いのが、殺人に続いて密猟なんです。」

 それを聞くと、ロザリーはおもむろに立ち上がり、両手の拳をわなわなと震わせた。そして観客席のへりに足をかけ、闘技場へ飛び降りようとする。身を乗り出し、手を闘技場に向けて伸ばすと……


バヂッ


 火花が散るような破裂音が響き、ロザリーの手は弾き返された。

「うッ……!?」

 ビリビリと痺れる手の側面は、軽い火傷をしたかのように、赤く腫れている。

 周りの観客が唖然とした顔でロザリーを見ている。口々に「びっくりした」「危ねぇな」など言葉を漏らす。

 モドが慌ててロザリーの手当をする。私は突然の事で戸惑い、状況を理解できない。そんな私とは反対に、アインは何かに気がついたように、ロザリーが弾き返された場所を見つめている。

「………結界か。」

 言われて、アインが見ている場所をじっと見る。よくよく見てみると、ぼんやりとした金色の膜が、水面のようにさざめいていた。

「あれが、結界………?」

 瞬くと消えてしまいそうな、幻のような膜をじっと見つめる。ちらりとアインが私を見たような気がした。

 背後から観客の一人に声をかけられる。

「あんたら観光客か。あんまり身を乗り出しすぎて落ちないように、イフリートの結界を張っているのさ。俺ら火属性は何ともないんだが、他属性の人間が触ると火傷するぜ。」

 そういうことはなるべく早めに教えて欲しかった。モドはロザリーの手当をしながらも、忙しない様子で闘技場の方をチラチラと見やる。

「ジルベールさん大丈夫でしょうか?心配ですねえ。」

 私は身を乗り出しすぎないように注意しながら、ジルベールの様子を見る。獣の攻撃を防ぐことで手一杯な様子が伺える。このままでは、ジルベールが殺されてしまう!

「わ、私降りて助けてくる!」

「ナターシャ、待て。」

 観客席から降りようと、くるりと踵を返したところをアインに制止される。

「何だよ、止めないでー!」

「いいから落ち着けって。というか武器もないのにどうやって助けるんだ?」

「じゃあアインが行ってくれるの!?」

「行かねえよ。ちょっと黙れ。」

 口を手のひらで封じ込められ、もごもごしながらも訴える。そしてアインは、「ほら」と顎である場所を示した。


 指された方を見る。逆光で眩しくてよく見えないのだが、誰かいる。先程、鉄板を叩いていた小さなバルコニーの柵に、器用に座り込みながらその人物は闘技場の様子を眺めている

 そしてその人物は、やがてそこから飛び降りた。

【結界】


 魔法使いが使える、低級魔法。軽いものなら弾くことが出来る。結界の強さは、魔法使いの力量やさじ加減にもよる。

 結界は魔法でも物理でも破ることは可能。だが、物理でこじ開ける際には気をつけなくてはならない。風属性の結界に安易に触れれば、風圧で手が切れることがある。水属性の結界は魔法使いの意志にもよるが、氷のように冷たく作られることもある。火属性の結界は言うまでもなく、触れると高温により火傷を負う恐れがある。

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