第11夜
町外れを駆けていく少女の姿がある。見事なまでの金髪を振り乱しながら、一目散に走っていく。髪の毛の隙間から、わずかに若草色の耳飾りが光って見えた。彼女が向かっている先には、一軒の家が建っていた。やがてドアが軋む音をたてながら開き、中から一人の少年が出てきた。
「……おかえり、ロザリー!」
少女の顔がぱっと明るくなる。そして走ってきた勢いのまま、少年に抱きついた。
「ただいま、ヘリック兄!」
温めたばかりの料理を少女の前に出す。少女が嬉しそうな声を上げて料理を食べ始めるのを見ると、少年は重たい本を抱えて勉強をし始める。それが兄妹の日常だった。
本を読む手を少し止め、妹を見やる。美味しそうに料理を頬張るロザリー。その体はあちこち擦り傷だらけだった。
「今日はなんの訓練してきたの?」
兄が妹に問う。妹は食べる手を止め、兄を見た。口の中のものを飲み込んでから話し始める。
「今日はけんし?ってやつ!けんもって戦うの!」
「剣士か。どうだった?」
んー、と少し考えたあと、妹はにぱっと笑う。
「けんがジャマだったから捨てた!」
ヘリックは少し困った顔で笑った。
ロザリーはいつもそうだった。戦士を目指す者は幼少期から鍛えられる。何の職業が向いているかを知り、ひたすらその職業で戦う訓練をするのだ。ロザリーは体は丈夫で強いものの、それに見合う職業が見つからないでいた。槍使、弓使、剣士といった武器を使う職業は、一切向いていないというのが現状だ。
「うーん…剣が使えないとなると、かなり範囲が絞られるな……。武器を使わない職業って何だろう?」
少年が本をパラパラと捲りながら考察している側で、少女は料理を口に運ぶことに勤しんでいた。
ある日ヘリックはロザリーを連れて街に出た。少しずつ稼いで貯めたお金で、妹に誕生日プレゼントを買うのだ。
賑やかな街並みに、ロザリーは興奮を隠しきれない。あちこち色んなところを見て周り、気に入るものを探していた。
ふと、あるものが目に止まる。外国の輸入品を売っている店だ。そこには普段見たこともない小物や植物などが並んでいる。
少年は上から、ロザリーが手にしているものをのぞいた。それは、海を隔てた隣国で咲く、ローズ・リーという花を模した髪飾りだった。
少年はふと思い出す。物心がついてすぐに出稼ぎに出てしまった母親のことを。母はこの花が好きだった。プロポーズにこの花を父から貰い、女の子が産まれた時はこの花の名前をつけると決めていた、とよくヘリックに話していた。
ふ、と口元から笑みがこぼれる。知らなかったとはいえ、こんな偶然があるものかと思った。ヘリックがその髪飾りを買ってあげると言うと、ロザリーは目をまん丸に開いて喜んだ。
買ってもらったばかりの髪飾りをつけ、ロザリーは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。深紅色の髪飾りは、まだ幼い少女には大人っぽすぎるが、彼女は気にすることなく毎日その髪飾りをつけていた。
そんな少女が髪飾りも似合うようになってきた年頃。未だ彼女は職業が決まっていなかった。立派な青年の男性となった兄は、そのことが気がかりでならなかった。
「今日は銃士の訓練をしたんだって…?」
うん、と短く返事をすると、ロザリーはどかりと椅子に座り込む。相変わらず武器を使った職業は合わず、魔法も使えないという状況だった。
兄は妹に、いつになく真剣な面持ちで向き直った。
「……ロザリー、もう十分な年だ。戦士になるならそろそろギルドに入らなきゃいけない。」
「わかってるよ。その為に今訓練を受けてるんでしょ?」
服のベルトを緩め、水を飲もうと席を立つ。彼女はまだ兄の真剣な顔に気づいていない。
「武器を持つとどうしても体の動きが限られちゃってさ…なんかスッキリしないというか」
「ロザリー、ちゃんと話を聞け。」
初めて聞いた兄の怖い声。振り向くと、真っ直ぐにこちらを捉える目。ロザリーは黙りこみ、コップに入った水を持ったまま、ヘリックの向かいに座った。
「合わないのは分かってる。お前が戦士になりたいってのも理解してる。でもここまでやっても職業が見つからないんだ。」
「……何が言いたいの?」
「俺は、お前は戦士に向いてないんじゃないかと思う。」
ロザリーはキッと兄を睨みつける。ヘリックは眉を困らせたようにしかめたまま、ロザリーから目を離さない。
「確かに体は丈夫だし、肉弾戦ではお前は強い。でもそれだけじゃ戦えない。職業がないとギルドに入れないからだ。」
「分かってる!」
「仕事は戦士だけじゃない。この街なら、学者や航海士もいい仕事だし、女性にしか出来ない仕事もある。」
「知ってるってば!」
「いつかは離れて暮らさなきゃいけないかもしれないんだ。そしたら今のお前だけじゃ心配だ。」
「は……………」
ヘリックの言葉に、ロザリーは一瞬動きを止める。彼女の頭の中では、彼の言った一言がこだましていた。
「今……離れて暮らすって言った……?」
ロザリーの目に、次第に悲しみの色が湧き出る。それを見て、ヘリックはしまったと口を押さえた。
「今……今、離れてって……!?どういう事よ!」
「いつかはって話だ。今俺が調べてることで、海に出なくちゃならないかもしれない……」
「ヘリック兄はどこにも行かないでしょ!?」
机の上のコップをはらい飛ばす。水がこぼれ、その場で黒いシミを作る。コップは壁にぶつかって、粉々に割れてしまった。
「落ち着けロザリー!それと今はお前の職業の話……」
「どうして!?どうしても行かなきゃいけないの!?私一人残してまでやらなきゃいけないことなの!?ねえ、兄ぃ!!」
机に拳を振り下ろす。木でできた机はミシリと音を立て、ジグザグのヒビを走らせた。
ヘリックは下を向き、ふるふると肩を震わせた。
「………金を……稼ぐためなんだから、仕方ないだろ……!」
ロザリーは手を伸ばし、ヘリックの胸襟を鷲掴みにする。顔を近づけ、必死の形相で叫んだ。
「じゃあ私が働くから!今すぐギルドに入って戦うから!!」
「そうじゃない!俺はお前に戦ってなんか欲しくないんだ!!」
はあ、はあと息が荒い。ヘリックは自分の胸襟を掴んでいるロザリーの手を包む。少し苦しそうにしながら、じっと目の前の妹を見つめる。
「………お前が傷つく必要は無いんだ。俺がしっかり食わせてやるから。」
ぐ、と喉の奥まで出てきた言葉を飲み込む。
分かっていない。ロザリーは心の中で呟く。ヘリック兄、貴方は何も分かっていない。
「……なんにも、分かってない…………!」
「ろ、ロザリー?」
「兄は私のことなんにも分かってない!!兄のバカ!大っ嫌い!!」
胸襟を掴んでいた手を話す。ヘリックはその場で崩れ落ち、幾度か咳をした。ロザリーは家のドアを蹴破ると、夜の町外れの道を駆けていった。ヘリックはその後ろ姿をただ眺めるしかできなかった。
それから数日後、ヘリックは船に乗った。探したいものがあるからと親友にだけ伝え、誰もいない朝焼けの砂浜から姿を消した。
ロザリーの耳にヘリックの遺体が隣国の海岸に打ち上がったという話が届くのは、それからすぐのことだった。
【属性別によるダメージ】
例えば風属性と水属性が戦う場合、有利なのは風属性になる。その理由としては、得意分野が異なるからである。
風属性は広範囲による魔法攻撃を得意とし、近接系の魔法攻撃を主とする水属性の苦手な分野に当てられる。水属性にも物理攻撃をする戦士はいるが、珍しい。昔から学問によって知識を蓄えてきた水の都の人間は、肉弾戦よりも科学や非科学について調べてきたためである。
あまりダメージを与えられないというのは、攻撃がそもそも当たらないということが大きく、また当たっても通常の二分の一ほどしかダメージを与えられないということが多々ある。逆も叱り。
火属性の特徴としては近接系の物理攻撃が主であり、近接系の魔法攻撃を苦手とする傾向がある。




