第2夜
今日もホーリー村は賑やかだ。鼻歌を歌いながら地図をひろげて歩く。古ぼけたそれは、昔孤児院の物置で見つけたものだ。海賊が持っていそうな雰囲気があり、私はとても気に入っている。小さい頃は、この地図で冒険ごっこなんてしていた。
「ナターシャ!あんた本気なのか?」
肩をぐいっと引っ張られ、振り向くとそこには布屋のおばさんがいた。
「あんた、バカなことはおよし。ここでの生活がそんなに不満なのかい?」
「そんな事ない!私この街大好きだよ?」
「じゃあどうして?何もあんたが行くことはないじゃないか」
「私が行きたいから行くの。止めてもムダムダ!私が黒の魔王を討ち取って、みんなの平和を取り戻してあげる!」
おばさんは頭に巻いた三角巾を取ると、ため息をついた。
「バカな子だねぇ。子供のお遊びじゃないんだ。行ったってあんたみたいな子は瞬殺さ」
「む………」
わかったら早く帰って孤児院の手伝いでもするんだね、と言い捨てると、おばさんは店の中に戻って行った。私はしばらくその後ろ姿を見つめ、再び地図をひらいて歩き始めた。
村から少し離れる。しかし、確かに魔王討伐とはみんなが言うように甘くないんだろう。丈夫な装備が必要だし、武器だって強いほうがいい。それに何より………
(仲間が必要だ!)
地図に目を落としギルドの位置を調べていると……
「ナターシャ!」
また呼び止められた。今度は幼馴染のヒースだ。燃えるような赤髪が鮮やかで目に痛い。
「や、何してんだ?」
「見てわかんない?冒険!」
「冒険?おっ久しぶりだな、また冒険ごっこやるか?」
「違うよ、これは本物の冒険!私はこれからこの街を出て、強いパーティーを創り、黒の魔王を倒すのだ!」
「………はあ?」
ヒースは気の抜けた声を出す。そして私の服装…背中に担いだ弓と冒険靴、バッグを見て、おばさんと同じようにため息をついた。
「…お前なぁ、まじでそんなバカなことしようとしてんのか?」
「悪い?」
「あの噂がまじだったとはなぁ……。やめとけやめとけ、お前が行ってもどうにもならねえよ」
私はキッとヒースを睨みつける。ヒースは驚き、目を丸くして私を見返した。
「どうして分かるの?」
「はあ?」
「やる前からムダだってどうして分かるの?私は行くよ!だって、私が魔王を倒したらこの国は平和になるじゃん。誰もやらないなら私がやるまでだよ!」
「…………」
「それに………」
ぽつり、と俯く。垂らした髪の毛がふわりと肩から滑り落ちる。
「…それに、魔王を倒せば、シスターの敵討ちもできるでしょう?」
ぼそぼそとこぼした言葉は、僅かにヒースまで届いていたようだ。ヒースはバツが悪そうに眉をしかめた。
「お前、まだそのこと」
「だから!」
バッと勢いよく体を起き上がらせる。遠心力で浮き上がった髪の毛はヒースの顔をバシッと叩いた。痛そうにヒースは顔を手で覆い、うずくまる。私はニカッと笑ってみせる。
「私は行く!誰にも止められないよ!」
「お前………だったら、オレも…!」
ヒースは立ち上がり、私の肩をつかむ。その声は、どことなく震えていた。
「ヒースはダメだよ」
手を添えて、肩からおろす。幼馴染である私のことを心配してくれる、優しいヒース。私がいじめられていた時も、彼が助けてくれていた。彼は私のヒーローだった。
だから………今度は私がヒーローになってみせるんだ。
「ヒースには頼みたいことがあるから」
「何を………」
「孤児院の子供たちをお願い。最近赤ちゃんも入ったから、ミルクを忘れないでね。あとライム姉妹は絶対に月曜日は赤いシャツなの。お願いね。あとは、またガムナさんちの犬がいたずらをしないように柵を作ったの。たまに点検しといてね。あとはー…」
「おい……」
「ね、お願い。ヒース」
真っ直ぐに目を見つめる。迷いなき信念を伝えるために。ヒースの目が一瞬ふるっと揺れたかと思うと、すぐに目をそらされてしまった。
「昔した約束も忘れたのか…?」
「へ?約束?」
何のことかと考えを巡らすが、思い出せない。ヒースはその様子を見て、目を細めた。そして、私の髪をくしゃっと掴んだ。
「…もう、いい」
「ヒース?ご、ごめ……」
「バカは死んでも治らねえってな」
カチン、空気が固まる。ヒースはニヤニヤしながら私の髪をくしゃくしゃにまとめている。
「…はっ?どういう意味?」
「一回死んで来いってことだよ」
「ちょっと!酷くない!?」
腕を振り回してヒースに攻撃しようとするが、届かない。わははと笑いながら、ヒースは私を突き飛ばして逃げ出した。
「こらー!待てヒース!」
「せいぜい頑張れよ!」
「!」
ヒースは遠くから口元に手を当て、叫んだ。そしてぶんぶんと大きく手を振り、村へと戻って行った。
「もう!みんな私のことバカバカ言いやがって!」
森の近くの岩陰に腰をかける。バサッと地図をひろげ、まずどこに行くかを考える。
(水の都は遠いなあ。火の谷に行くには岩山を越えなくちゃいけないし…王都へは通行証が必要だしなあ。となれば、ここから一番近い…)
ガサガサと草をかき分ける音がし、心臓が跳ねる。きっとまた誰かが私のことをバカにしに来たのだと思い、岩の後ろに隠れた。現れたのは男二人組で、長い弓を担いでいる。おそらく猟師だろう。
二人は雑談をしながら歩いていると、そのうちの一人が片方の男を引き止めた。
「止まれ、その森には入らない方がいい」
「え?何でだよ」
「なんでも、その森には侵入者をこらしめる魔法使いがいるらしい」
「魔法使いぃ?」
「ああ。この前泥棒騒ぎがあっただろう?その泥棒は村の人に追いかけられて、森の中に逃げたんだ。村の人間は森の中はどうなってるかわからないから入れなくて、泥棒を見失ったんだ。だが次の日、もう一度森に行くと、その泥棒が誰かに魔法でぼこぼこにされた状態で森の入口に倒れていたんだってよ。」
「はぁ、それで魔法使いか。おっかねえなぁ。」
男達はそう話しながら、私が隠れている岩陰を通り越して行った。
(魔法使い…?パーティーには必要だな…。よーし、いっちょヘッドハンキングしますか!)
私は迷うことなく、背後に立ちふさがる鬱蒼とした森の中に飛び込んでいった。